見て読んで聴いて書く

映像、書物、音楽などについての感想

山田順「出版大崩壊 電子書籍の罠」の結末までの驚きの展開

ここまで読んだ印象は、明快に言い切る人だなあ、くらいだったのだが
9章 ビジネスとしての電子出版
10章 「誰でも自費出版」の衆愚
11章 コンテンツ産業がたどった道
がものすごい展開である。
正直びっくりした。著者の思いのたけが、ある種暴走状態になる。

そのトリガーとなっているのが
P169“ロサンゼルスから来た若きIT企業家”(仮に横田君)の登場である。

電子出版ビジネスで横田君と組むことになった著者は、大言壮語するだけで常識、現実的なビジネスセンスに欠けた横田君にふりまわされ、ほかのビジネス上のこともあり、結果として
P176 現状の電子出版でビジネスになるのは、IT側だけだということ。
コンテンツ提供側は多大な出費を覚悟して走り出すが、後で話が違うということに気づく。
また、私が会ってきたIT側の人間は、作品やそれをつくるということに関してあまり愛情をもっていない。という結論に達する。

以下、興味深いコメントを抜く。

                                                                                                                                                            • -

P182 インターネットはそもそも情報を共有することが出発点だった。もろもろ考えればウェブというものが当初から情報ではビジネスにならないのは明白。
P186 ウェブの情報がタダで収益はポータル側がもっていくことはメディアの仕事をしている人間にとっては納得できないこと。こんなことをしていてはニュースや情報の発信者がいなくなる。オリジナルの発信者にはなんの利益ももたらさないからだ。そしてなんの苦労もせずに情報をあつめたポータル側が最大の利益をあげる。
P187 電子書籍はビジネス的には難しい。それなら苦労して「電子書籍をつくる必要はないのではないか」と考えるようになった。
P188 ツイッターでフロー情報は高速に行き渡ようになった。フロー情報としての電子書籍(出版)には存在する必要はあるのだろうか(ない)。
P195 セルフパブリッシングについては否定的な見方に傾いている。「ケータイ小説」のブームで明らかだ。あれは、もはや小説ではなく、ケータイ向きの単なるライフストーリーでプロの編集者から見たら即ボツのごみ作品にすぎない。
P199 ここでどうしても書いておきたいが、私の経験から言うと、作家志望者のほとんどが実際には印税や名声を望んでいるだけである。彼らが作品を書くのは、それを得るための手段にすぎない。ほとんどの作家志望者は、社会に伝えたい明確なメッセージや思想を持つていないし、それを裏付ける経験もない。実は作家志望と語った横川君も、思えばそんな人間だった。
P206 自らも電子自費出版に挑戦、かつてのベストセラーをアップして何もしなかったらダウンロードはほとんどなかった。
P207 ごみと名作の区別なく大量にほうりこまれた世界では混乱が続くだけだ。
P211 今後の世界経済の動向を一流アナリストや経済学者が書くとすると、私の想定した日本人読者は最大で400万人。
それは東大〜MARCH、関関同立クラスの大学卒業生のトータルが20万弱。定年まで本を読む期間が40年とする。
その計算で20万×40=800万人だ。私は本を企画するときいつもこんな計算をしていた。
だがこのたぐいのコンテンツを電子出版したら、400人に1人にダウンロードしてもらわなければ収支が成り立たない。儲けるためには、その人口の外の層に向けて企画を立てなければならない。
だが、この外の層はリテラシーが低い。階層ピラミッドでは上位層の下にくる層だから、下にいけばいくほど人口が高くなるとともにリテラシーが低くなる。
そういう人ははっきりいえば貴重品とゴミの区別がつかない。(恐るべきことに)この層がセルフパブリッシングで著者にもなってしまう。
ウェブの本質は「低度情報化社会」である。
リテラシーの高い人と低い人は結局コミュニケーションできない。誰が自分より知能程度や能力の低いと思われる人間のフォロワーになるだろうか。
リコウはリコウと交信し、バカはバカと交信する。これがネットの本質なら「悪貨は良貨を駆逐する」である。
こういう世界に今後はプロの著作者も入っていかなければいかない。
既存メディアは収益を悪化させ、作品づくりに投入する資本を失いつつあるから、道はここしかない。「誰でも著者」の時代になれば、プロ作家は没落するのではないだろうか。
P218 2010年にCD売り上げは前年を上回ったが、これはAKBなどの特典賞品効果である。
P220 音楽業界を苦境に追いやったのはアップルである。
アップルは音楽をCDで購入してきくスタイルを一変させた。
P222 (アップルが株式時価総額が米国1になるような状況を見て)プレーヤーに場を提供するだけの会社が利益を拡大し、プレーヤーであるコンテンツ産業が衰退していくのはおかしい。市場に価値を創出しているのはコンテンツ産業側であり、アップルのようなプラットフォーム側ではない。
P225 コンテンツはアナログからデジタルになることでただのコモディティとなってしまうのだ。(コモディティ化した情報は限りなくただになっていく。このことは「フリー」などでも書かれている。ここは私の言葉)
P229 デジタル化は失業を生むシステム。
P236 辞めたい業種のNo.1はマスコミというアンケート結果が出た。アンケートでマスコミより電力・ガス・水道事業のほうが誇りを感じられるとは信じがたい。さらにマスコミが辞めたい業種No.1とは。時代は変わった。

                                                                                                                                                                • -

ずいぶんな量になったが、付箋部分を読み直し、ここに書きながら思った。
これはせんじつめれば
「衰退する既得権者の逆ギレ」でしょう。
その奥にあるのは、利益をあげるポータル側へ羨望と憤怒、衆愚社会への軽蔑
この2つですかね。

絶望のあまりとはいえ、
“リコウはリコウと交信し、バカはバカと交信する。これがネットの本質なら”
はあんまりだ。
本というものは、
それぞれの人たちが、知識、道徳など色々な意味で自分を高めていくツールとなりえるものだ。
それをリコウはリコウの書いた本しか読まないし、バカはあくまでもバカ、バカの書いた本しか読まないというのは酷すぎる。

「準大手出版で働く俺は、知的選良として娘とハワイにいったりして楽しく知的な生活を過ごしてこれたのに、ネットのせいで衆愚社会になって、利益はITにもってかれる。今までやってきた仕事が立ち行かなくなってしまった。どうしてくれるんだ!」と言ってるように思えた。

ただ、あとがきは執筆時より期間があいていたのか、激烈なトーンもおさまり、新しい視点も提示していた。
むしろ、あとがきで書いていたことをもっと書いていてほしかった。

その点、ケン・オーレッタ著「グーグル秘録」は既得権者のマスコミ側の人が書いた本だが、
その立場を踏まえながら、今後の世界を考えるスタンスだった。
「グーグル秘録」と比較するとこの本の後半の展開は残念だ。気持ちはわかりますが。
↓に追記あり。
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20110821/1313901330

グーグル秘録