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山本直人「電通とリクルート」

図書館で返却済みの棚にあったのを見かけたので借りた。
通勤の往復で読了。
著者のことは知らなかった。
たまたま目の前にあったので借りたという感じだ。

本編よりもあとがきの方が面白いという変わった本だった。
特に前半は個人的にはあたりまえのことをあたりまえに延々と書く文章で、
正直退屈だった。

この人がここで書こうとしたことは以下の文章に集約されるだろう。
P186 1950年代から80年ごろまで、広告などの情報は「発散と全体化」を担っていた。(テレビと組んだ)電通の切り拓いたモデルである。そして、80年代からの30年は「収束と個別化」へと舵を切る。リクルートが着目して事業化に成功し、インターネットによって定着したモデルである。2つの30年を経て、いま私たちは酔いから覚めることができるのか。そして、本当の意味で自立できるのだろうか。
ということである。
もっと大雑把に言えば、
戦後の高度成長期、にぎやかしと幻想、憧れを演出した広告で拡大したのが電通「発散と全体化」、
経済成長も収まり、それなりに豊かになった社会で、ターゲットをセグメント化して“現実性”にシフトしたビジョンで事業を拡大したのがリクルート「収束と個別化」、
そしてバブルとその崩壊が広告業界にもたらした影響、そしてその後の経済状況。

と、まとめても大きな間違いではないと思う。
そしてネットについてはここでは多くは語らない。と著者が留保をつけていることがポイントだ。

気になるのが、著者が広告業界出身の人なので
“広告が社会における価値観を創造してきた”という認識が強く感じられることだ。

私自身は“広告は結局、にぎやかしで特定の商品を買うように人を誘導するもの”と考えているので、
“広告”というものを持ち上げようとする、この人のこの認識にはついていけなかった。

ただ、ネット社会となることで、衰退していく広告業界について嘆いてはいるが、、
先日読んだ出版業界の人が書いた山田順「出版大大崩壊」よりは謙虚で正直、節度のある“知的”なものだった。
今にして思うとあの本はひどかった。
まあ、この本自体は未来へのビジョンを描くことには注力していないので、
「出版大崩壊」よりは悲観的な内容になっていないという点もあるのだが。

以下はあとがきに書かれていることについて述べる。

本編についてはネットのことには多く触れていないが、あとがきによると著者自身のネット依存率は高いようだ。

'80年代後半のペレストロイカ以降のソ連で友人が見たという
広告の“輝き”について描いたブログの一節を引用した文章が印象的だ。
そのブログは、開放政策でペプシコーラのラッピングバスを街で目撃したシーンについて書いている。

ダークな色彩の服装の人々が下を向いて歩く灰色の町並みに、ある日突然
P216 目の覚めるブルー基調に情熱的な赤いラインの引かれた大きなカンの注ぎ口から、光の加減で濃淡の付いた茶色い液体が勢い良く飛び出し、その先端にはシズル感溢れる今にもパチパチとはじけて飛び出してきそうなコーラの泡を描いたラッピング広告バスが目の前に何台も走り出した〜
そして、なんかこの風景は「きっとこれからすばらしい何かが始まるんだ」という「希望」を感じさせるものだった。〜
あの時に感動した体験を思い出すと広告ってのは、元来そのぐらいのパワーを持っているものなのだ。と信じたい。

“と信じたい”としているのが現状を感じさせて書き手の感慨をうかがわせる。

ただ、なかなか“いい話”なのかもしれないが、個人的には広告美化に走ってるようにも思える。

あとがきのラストにグーテンベルクの逸話を紹介して締めている。
グーテンベルクが最初に印刷したものは聖書と地図だった。と語る。
著者いわく
P220 高度成長時代は、天動説の中でみんなが狭い世界に生きていたのだ。80年代以降に地図が必要になったのは必然である。〜ふと思った。「じゃあ聖書はどうなるんだ?」

この提起は非常に面白いと思った。
ネット社会でグーグルをはじめとする検索エンジンや情報処理技術を“地図”とするなら
“聖書”は何になるのか。

ただ、著者のこの提起に対する結論は悲しいくらいおざなりで平凡なものだ。
P220 しかし、一人ひとりが生きてきた中には、積み重ねてきた思いがあり、それぞれの羅針盤がある。それが、それぞれの内面の聖書なのだ。

これはないよ! 外にある聖書について語らなきゃ!
そこまで指摘したんならもっと考えてほしい。いい提起なのだから。

まあ、実際のところ、外にある聖書が見えないからそう締めていたんだろうけど。

“聖書”は何か?
それが今後の鍵となるような気もするのだが……

電通とリクルート (新潮新書)

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