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映像、書物、音楽などについての感想

「間章クロニクル」そして間章「非時と廃墟そして鏡」

'70年代に発表されたドイツのロックバンド、タンジェリン・ドリームの4thアルバム「アテム(Atem)」のライナーノーツに高橋巌と間章の対談が収録されていた。
中学の時にそれを読み、何か難しいがとても興味深いことが語られていたというかすかな記憶があった。何度も読んだのだが、内容は覚えていない。
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20110907/1315361118
「アテム」のLPがすでに手元にないのでどんなことが書いてあったかずっとその内容が気になっていた。
間章クロニクル」なる書籍にそれが載っていると知り、その本を読んでみることにした。

ということで、この書籍、読んだのだが、何が言いたい本なのかピンとこない。
何なのだろうこの本は……という感じだ。
amazonを見ると

商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
夭折の音楽批評家・間章が駆け抜けた時代とその思考の軌跡を追った長編ドキュメンタリー。
内容(「MARC」データベースより)
夭折の音楽批評家・間章が駆け抜けた時代とその思考の軌跡を追った長編ドキュメンタリー「AA」に遭遇するためのリテラシー・レッスン。監督・青山真治インタビュー、撮影日誌などのほか、間章の単行本未収録原稿も満載。

となっているがどうも意味がわからない。
青山真二監督による間章をめぐる7時間半になるドキュメンタリー「AA」を見るための予習本ということか?
リテラシー・レッスンなる言葉から想像するに“間章”という人間を知るためのレッスン的書籍ということになるのだろうか。
だが、とてもそんなものとは思えない。
てんでばらばらな情報が方向性を示すことなく並んでいる印象だ。

書籍には色々な楽しみ方があるのだから、意味がわからない書籍、まとまりのない書籍というものもあってもいいとは思う。

だが、それは初心者向けではなく、ある程度の共通認識があってこそ可能となるのではないだろうか。

若い読者がこの本を読んで間章の人となりがわかるのだろうかと思った。
せっかく一般的知名度の低い人を紹介する書籍にするのだから、
雰囲気だけでなくきちんと開かれたものとして、誰が読んでもわかるように作ってほしい。
雰囲気だけではまずいと思う。

巻末には用語集、人物年表、記事のリストなどそれなりに詳細なデータも載っている。
それはそれでいいのだが、
詳細なデータより、間章という人間が何を考え、何を書き、どう行動して、その根底にあったものは何かということがきっちりと俯瞰されていることのほうが必要なのではないか。
間章の文章自体が、何だかかよくわからないものでもあるので……というにしてもちょっと残念な内容だ。
期待していたので正直がっかりした。

“あえて”そうしたにしてもこれはないのではないかと思った。

で、目当てにしていた高橋巖と間章の対談なのだが、
読み返してみると正直、期待はずれだった。
こんなものだったのかという感じである。
ピンとこない。2人の話もさほどかみ合っていないように思える。
そして、このピンとこない感じは、この書籍に感じたものに通じるものがあるような気もする。
もしかすると今の自分が間章的なものから離れてきているのかもしれない。

この本によると間章は高橋に弟子になりたいと言っていたそうだが、
この対談で「クラシックでは何を聞いてらっしゃるのですか? ワーグナーなんかは?」
などと高橋に聞いている。
高橋がワーグナーの歌曲「さまよえるオランダ人」の序曲冒頭部分から“根源的といいたいような生々しい直接的な感動”(高橋の著作「ヨーロッパの闇と光」より)を得ていたこととかは知らなかったのだろうか。
弟子になりたいといいながら。

ヨーロッパの闇と光 (1977年)

ヨーロッパの闇と光 (1977年)

情報の少ない時代だから仕方ないのかもしれないが、高橋のことをあまり知らなかったのではないかと思える。
また、間は“僕の友人たちは〜をしてるんです”みたいなことを盛んに語り、背伸びしながら高橋に対してアピールするようすがうかがえるようで、対談としても興がそがれてしまった。
この当時30歳くらいだったことを思うと仕方ないのかもしれないが。

私の好きな作家・辻邦夫は一時期立教大学で仏文の助教授をしていたことがあったため、立教の学生でもあった間章と交流が多少あり、回想録で間章のことを書いていた。
辻はそこで、彼はちょっと無理しすぎている(多少虚勢を張っているという意味も込めて。もちろん非難するということではない)というようなことを書いていた記憶がある(ただし未確認)。
私は「AA」を見ていないのだが、この本によると高橋は「AA」で間章について“命がけ”という言葉で語っていたようだ。
“命がけ”という言葉を使っていたという高橋に私は、優しさみたいなものを感じた。

話を戻すと、この対談“仕方ないのかもしれないが”と留保はつくにしても、あまり今の自分にとっては
ちょっと読み進めるのがしんどい内容だった。

とはいえ、この本を手に取ったことで、家の本棚にあった間章のライナーノーツ集「非時と廃墟そして鏡」を読んでその充実ぶりに感心した。

例えばゴングの『エンジェルズ・エッグ』。

エンジェルズ・エッグ(K2HD/紙ジャケット仕様)

エンジェルズ・エッグ(K2HD/紙ジャケット仕様)

おそらくLPのスリーブの英語を丹念に訳して、ライナーの解説を書いたのだろう。分量はこの本で20ページになる。
当時熟読したことを思い出した。
私が大好きなロックバンド、ゴングへの理解の第一歩は間章の文章から始まっていたのだ。
すっかり忘れていた。

ほかのライナーもぱらぱらと読んだが'70年代と思えないほど充実した情報と解説である。機会を見て読み直してみたいと思った。
現在のCDについているどうでもいいようなライナーから比べると格段に素晴らしいものだ。
この本は'88年で3800円という高額なもので買うには大きな決断が必要だったが、その価値はある本だ。

厳しい言葉になるが「間章クロニクル」より「非時と廃墟〜」を復刊して廉価で出した方が意義があると思う。
ガイダンスとしてであれば、この本を読むより、いきなり「非時と廃墟〜」に載っているブリジット・フォンテーヌの『ラジオのように』のライナーノーツを読んだほうがいいと思う。

ラジオのように

ラジオのように

万一、この文章を読んで気を悪くされた関係者の方がいたらすみません。
これだけのデータをそろえ、取材して書籍にする手間は大変だったと思います。
あくまでも個人的な感想なのでご容赦ください。

間章クロニクル

間章クロニクル