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映像、書物、音楽などについての感想

さだまさし「アントキノイノチ」

映画「アントキノイノチ」を見て非常に違和感を抱き、原作小説がどのような内容か気になり読んでみた。

映画の感想は↓
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20111126/1322272673

重い内容ではあるが、くどく書かれておらず、さらっと読めた。

映画を見て、原作自体が携帯小説的な展開なのかと思っていたのだが、実は違った。
原作はさらりとした中に、繊細なものを描いている内容だった。
私にとってこの小説は没入して読むほどの力はなかったが、好感のもてる小品という印象だった。
品のある小説を携帯小説的な“下世話”ともいえる脚色、演出で映画化していたことがわかった。

下世話ということ自体は非難すべきことではないと思う。
問題は良心的な作品という触れ込みでいながら、中身が下世話であるということだ。
上品ぶっていながら実は卑しいみたいな。
そういうものを見ていると正直、あまり気分はいいものではない。
この映画の場合、私は役者については好感を抱いたので、その分、監督・脚本を中心とする製作スタッフに悪い印象を持ってしまった。
ともかくインパクトのあるシーンを! という意図が強く感じられた。

予告編を見て、「心揺さぶる“愛”の物語」というキャッチを見れば
気合の入った良心的なヒューマンドラマなのだろうとか思ってしまう。
実際に映画を見た私にはとてもそうは思えなかった。

特に問題だったのが
小説ではストーリーが進む上での因果関係がそれなりに納得できるように書かれていたが、その因果関係を省略、なぜ主人公の心が壊れたのかが雰囲気で書かれていたことだ。
小説では松井という主人公の同級生との関係が、物語の展開に大きなかかわりを持っている。

小説での松井は徹底的に薄っぺらく卑しい心を持つ全面的に否定すべき人物として描かれている。
読んでいて、松井という存在のリアリティには大いに違和感を抱いたが、ともかくそんな松井の存在が主人公の心を壊し、そして最後に主人公にかかった“魔法”を解くきっかけになるのだ。

だが、映画ではこの松井の存在、彼のからむエピソードは非常に中途半端に描かれている。
そのため、主人公の心が壊れていく過程が雰囲気で描かれ、説得力がほとんどない。

この映画、小説のプロットの省き方がよくない。
断定的な言い方になるが、断定したくなるくらいよくないと思う。
原作を読んでそのことがよくわかった。

しかも映画では松井は途中から消えてしまい、彼に対する“落とし前”はつけずに終わってしまう。
普通、商業映画であれば、松井に落とし前をつけるのは、お約束だ。そうしなければすっきりしない。
小説では当然している。
それもしていないのである。

この後、映画のラストの展開を書きます。。







ラスト近くになると小説とは違う展開で映画は進む。
ヒロインが、あり得ないような設定で唐突に交通事故で死んでしまうのである。

原作は死んでいない。

この、事故死する際の演出が酷い。これはないのではないかというくらいだ。
“下世話”なテレビドラマでもここまで酷い演出はしないだろう。
どうして、あんな見晴らしのいいところでトラックに飛び込んで死ぬ演出にするのだろう。
恥ずかしいくらいの映像演出だ。その際のシーン、その後のシーン、カットののつなぎも酷い。

監督はもしかしたらこの展開はしたくないのであえて酷い演出にしたのでは、と思えるくらいだ。
だが、もしそうだとしたら、さらにたちが悪い。それに付き合わされる観客がいるのだから。

そして、ヒロインの死後、主人公は彼女の遺品整理の仕事を受注する。
そして彼女が一人暮らしをしていたアパートを初めて訪れ、遺品の整理をするのだ。
つまり家の中の持ち物、下着、人には見られたくないものなどを整理するということだ。
ヒロインはそんなこと絶対してほしくないと思うのだが。

これで最後に砂浜で「元気ですかー!」である。

原作を読んで、映画版の酷さががわかった。
原作からストーリーが変わること自体は悪いことでない。
だが、これはないだろう。
脚本、監督の人には悪いが、原作の改悪といっていいと思う。

原作者のさだまさしは、この映画は若い人に見てほしい、みたいなことを言っていた気がするが、なかなか大人の発言だなと今となっては思う。

遺品整理業というアイデアは、「おくりびと」的ではある。
だが、それに絡めて心の壊れた青年が精神的に回復していく姿を描くという原作のアイデアは悪くないと思う。
そして小説もそれなりに(偉そうな言い方ですみません)できていると思った。

だが、映画については、ちょっとなんだかなーという作品に仕上がっている。
海外で賞などを取っていることで、見ていない人が良質な作品と誤解することが考えられる作品だ。

原作は悪くはないと思う。
ラストのディズニーランドで“魔法が解ける”ところは、非常にあっさりしてるがゆえに意外に心を打った。
映画を見て、なんか変だなーと思った人は読んでみるといいかもしれない。
こういうお話だったんだ、と納得すると思う。
若い役者の熱意が感じられるだけに、非常に残念だ。

映画の感想のときも書いたのだが、人がそれぞれの事情の中で頑張って作ったものをかんたんにこき下ろすことはしたくない。
だが、原作を読み、映画があんまりの内容と思ったのでこれを描きました。
ただ、これはあくまでも、映画を見て、原作小説を読んだ個人的感想です。
人それぞれの見方はあると思います。
何度も描きますが、原作小説、俳優に関しては好感を抱きました。

アントキノイノチ (幻冬舎文庫)

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