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椎根和「平凡パンチの三島由紀夫」

平凡パンチの三島由紀夫 (新潮文庫)

平凡パンチの三島由紀夫 (新潮文庫)

北沢夏音「Get back,SUB! あるリトル・マガジンの魂」という本を読んだときに、その中で椎根和という人が登場して色々と語っていた。

「Get back,SUB!」の感想メモ

'60年代の「平凡パンチ」で編集者をしていた人とのことだった。
自分の編集者としてのキャリアに自信満々な話し振りだった。
ちょっと興味がわき、この本を読むことにした。

で、読んだ感想。
個人的にはかなり期待はずれだった。
なので、以下、つらつらと書いてしまうことにする。

この本、「平凡パンチ」で三島担当記者だった著者が“三島由紀夫”について書いたものである。
三島由紀夫との交流関係とエピソード
◆著者なりの“三島論”的なもの
から構成されている。
おおむね、前半がエピソード、後半が“三島論”となっている感じだ。

前半部分は興味本位的に読めるところもあるのだが、後半の“三島論”は何だかとりとめもなく、読むのがきつい。
ユングベルグソンプルーストチェ・ゲバラなど、それっぽい人を取り上げ三島論を展開しようとしているのだが、強引で説得力にかけ、読んでいてピンとくるものがなかった。
著者は「ユングの本はかなり読んでます」みたいなことを匂わせているが、その点においても感応するものが私にはなかった。
自分のもつ知識から思いつくままに書き連ねたものといわれても仕方ない仕上がりになっていると私には思えた。
いろんなことを書いているのだが、収束しないままに終わる。
途中で読むのをやめようかと思ったくらいだ。

あと、編集者にしてはこの本、構成がよくないと思う。
いつも書籍を読んだあとは目次をメモしようか考えるのだが、この本については目次をメモする気にまったくなれなかった。
連載されていたものを書籍化したもののようだが、大幅に加筆修正したとある。
それなら構成をもっときっちりさせて情報を整理したものにしてほしかった。

この本によると著者は、三島が剣道の修行をしていた碑文谷警察道場で一緒に'68年の年末から約1年間剣道の練習をしていたという。
まったく剣道の経験がなかったので三島にイロハから教えてもらったとのことだ。
そういった部分もあり、それなりの親交はあったようで興味深いエピソードもある。
とはいえ、この本を読む限りでは、三島にとって当事の著者は、
マスコミの若い取り巻きの一人
という感じだったのだろうという印象だ。
プライベートでの付き合いはあったが表面的なものであり、三島が'60年代の末に何を考え、何を決意したのかということについては著者にまったく語ってはいない。当然といえぱ当然だが。

著者も“オーラ”を身にまとっていたスターという三島に対して興味はあったが、それ以外では当時の三島に惹かれるものはあまりなかったのではないか。
この本を読んだ限りではむしろ大江健三郎に惹かれていたように思えてしまう。

そういう意味では、逆にこの本の唐突なラストはなかなかいい感じだと思った。

ラストで、著者は三島の自決を知った日の自分のことを描いている。

三島と藤純子の対談をananで提案した著者は、木滑編集長から「もう三島の人気のピークはすぎた。雑誌が古くさくなるから、それはやらなくていい」と却下され、しぶしぶ従ったという。

以下は、数日後(?)自宅で寝ていた著者がライターからの電話で起こされ三島の自決を知っての部分。

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ぼくはテレビにむかって、「ほらみろ、三島の対談をやっとけばアンアンはバカ売れしたのに……。チャンスを逃したじゃないか……」と、木滑編集長に対する怒りをはきだし、すぐベッドにもぐりこんで、また寝た。
三島のことも、彼の死についても、なんの考えも、感情も沸いてこなかった。
ぼくは、いつものように、夕方、anan編集部に出社した。木滑編集長がまちかまえていて、「さしかえ用の三島の記事、すぐつくってくれ。……やらないね」と察しのいいことをいった。
「当然でしょ。やってられませんよ」とことわった。
(中略)
安田富雄「平凡パンチ」編集長が、すぐちかづいてきて、「あれ、ヤマト(著者の名前)、さそわれなかったの……。てっきり、一緒に切腹したと思ったけど……。ミシマとホモ関係だったんだろう」
ぼくは、少し怒って「そんな関係じゃないですよ」
安田は「じゃあ、殉職でもするんだね」といった。(P250)

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これでこの本は終わる。
ここだけは、いいと思った。
この唐突感!

ただ全体として、薄っぺらい内容、というのがこの本の私の感想だ。
これは著者の資質によるのではと私には思える。
観念的というよりは感覚的な人なのだろう。

あと面白いエピソードがあった。
溜池周辺で著者とレコードを抱えた三島は偶然出会い、その後六本木の誰もいないanan編集部で、2人きりで楯の会の歌「起て! 紅の若き獅子たち」「英霊の歌」(軍歌みたいな音楽です)を大音量で聴いていたことがあったという。
そこに宇野亜喜良イラストレーター)、今野雄二(編集者・ライター)、長沢節セツ・モードセミナー創設者)らが入ってきた。
三島がいたとは気付かずに、今野雄二は著者に向かって“「ヤマト、なにこのオンガク、キモチワリィー」とホモ口調で明快にいった”(P88)そうだ。
三島は急にソワソワしてひよわな表情で帰ってしまったという。
5ヵ月後、三島が切腹したとき宇野亜喜良は自分たちの行動が三島を死に追いやったと信じ込んでいたそうだ。

三島がハンバーグをぐちゃぐちゃにして食べる話より、こっちのほうが、私は面白かった。

この辺にしておく。あまり書いてもしょうがないので。
一応、この著者の
「オーラな人々」も読んでみることにする。

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後日、「オーラな人々」を読んだ感想