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赤田祐一 「証言構成『ポパイ』の時代―ある雑誌の奇妙な航海」

証言構成『ポパイ』の時代―ある雑誌の奇妙な航海

証言構成『ポパイ』の時代―ある雑誌の奇妙な航海

「Get back,SUB!」を読み、雑誌の出版社としてかつて隆盛を極めた平凡出版(現・マガジンハウス)に関わる本を読んでみようと思った。
↓「Get back,SUB!」の感想メモ
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20120314/1331698107

椎名和の「平凡パンチ三島由紀夫」を読み、次にこの本を読んだ。
↓「平凡パンチ三島由紀夫」の感想メモ
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20120407/1333822487

「『ポパイ』の時代」は’02年10月発行である。
今から10年前。
それからさらに出版業界は変わり、雑誌はさらに衰退している。

著者からある程度予想はしていたのだが、この本は雑誌「ポパイ」を核として平凡出版(現・マガジンハウス)への偏愛を吐露した強烈な本である。
読んでその熱気にちょっとあてられた。

本の帯にはこんな言葉が大きな文字で書かれてある。

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名編集者への早道は? と訊かれたら
この本をレジに差し出しなさい。

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そして以下の言葉が続く。

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大ベストセラー『磯野家の謎』、『バトル・ロワイヤル』をつくり、『クイック・ジャパン』という新世代雑誌を生み出した名編集者、赤田祐一が、自らの原体験を元に、雑誌づくりの在り方を問う。

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帯には雑誌「ポパイ」に関わり、インタビューした人々の名前も並ぶ。

裏表紙の帯には本文から抜いた“檄文”。
ちょっと長いがこの本を象徴しているものなので引用されてもらう。

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雑誌づくりの夢は、いつしか、経済の夢にすりかわってしまった。雑誌とは、たんなる紙の束でもないし、広告をのせるだけの容器でもないはずなのに。雑誌をつくることは、いまや、バイヤーズ・ガイドをつくることになった。やっぱり、みんな、迷ってる。知らず知らずのうちに商業化に毒されている。知人によれば、いま若い編集者は、まず企画書を提出して「これは受けるんじゃないか」「これは受けないんじゃないか」というところから会議がはじまるそうだ。受けるとか受けないとかは、だいたい、後からついてくるものだ。経験上言わせていただくと「なんだかよくわからないけど、おもしろい」と言って、つくりあげようという精神がないと、雑誌はおもしろくならない。机上のプランで観念的に編集してもうまくいかない。会社管理への色目企画。それは組織が思考し決定したタイトルだ。雑誌は組織や会議でつくっていたらおもしろくならない。おもしろかったり、血の通った企画は、企画書や会議の上から決して生まれない。(中略)ITに奪われつつある雑誌を、いかにして紙に奪還するか。実現化のためのヒントがここに見つかるかもしれない。

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これを読めば本書のトーンはある程度予測できるのではないだろうか。あえて青臭いことを書いている本ということだ。

目次は以下の項目から成り立っている。
◆はじめに
◆総論『ポパイ』が一番おもしろかった時
◆『ポパイ』の黄金時代総まくり
◆証言構成『ポパイ』の時代→当時のスタッフ14人へのインタビュー
◆対談「木滑良久×石川次郎
◆編集長の予感……木滑良久
◆あとがきにかえて 馬鹿馬鹿しさの真っ只中で犬死したくない人のための雑誌論 妄想から現実戦へ
◆『ポパイ』の歴史早分かり年表
◆六本木・銀座地図


で、個人的な感想。
著者の熱意には感銘は受けたのだが、実は私は『ポパイ』という雑誌は一度も買ったことがない。さらに、この雑誌が現在も出ているということを私は知らなかった。
正直、買おうと思ったことのない雑誌なのである。

とはいえ、当時連載していた近田春夫渋谷陽一のコラムは読んでいた。
図書館で読んでいたのだ。
私の住んでいた市内の図書館にはほかにも「遊」「ギャルズ・ライフ」などがあり、「ニューミュージック・マガジン」などとともに愛読していた。

「ポパイ」についても面白そうな記事はそのときに読んでいた。
ただ、“サーフィン”“アメリカ西海岸”“カタログ”的な記事には興味がなく、見ることもなかった。

この本を読んで合点がいったことがあった。
著者は埼玉県新座市にある立教高校出身だった。
著者はこんなことを書いている。
「高校でも『ポパイ』は評判になっていきました。立教高校という、中小企業の社長の息子など、お坊ちゃん系の集まる私立の男子校だったことも関係あるのでしょうが、発売日には、クラスで4、5人が、休み時間に熱心に『ポパイ』を読んでいたことが思い出されます。校庭ではフリスビーが円を描いていましたし、リーバイスの501やオシュコシュのダンガリー・シャツについて熱く語るポパイ小僧と言うべき遊び人も、実際にいました」(P36)

小金持ちで、素直、そしておしゃれを自認する“ポパイ小僧”といったものに自分がなじまない感覚を抱いていたということが再認識できた。

“立教”というのが象徴的な存在だ。
著者、そして平凡出版の雑誌で中心的な編集者だった木滑良久氏も立教出身。さらにこの本を読むと“立教閥”的なものもあったと書かれている。
立教、青山、上智、あとは慶應あたり。
早稲田、明治、法政というイメージではない。
かなり安易なイメージだが、「ポパイ」についてはそんな大ざっぱな印象があった。

お坊ちゃんではない自分の家庭、それなりに荒れていた土地の周辺環境、自分の屈折した性格から“甘ったるい”“軽薄な”ポパイ小僧にはなじめなかったということなのだろう。
そんなわけで、総論は別とすると、「ポパイ」に対する熱い思いには共感はできず、この本の大部分を占める膨大な量のインタビューは途中から飛ばしながら読んでしまった。

「ポパイ」のあの屈託のなさが嫌だったのかもしれない。

読んだ感想はこんな感じである。