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見て読んで聴いて書く

映像、書物、音楽などについての感想

ライアン・ゴズリング主演、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の映画「ドライヴ」

映画

文春0426号で小林信彦が“快作”と評価していたライアン・ゴズリング主演の「ドライヴ」を見た。
↓文春0426の読書メモ
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20120502/1335977863

監督のニコラス・ウィンディング・レフンデンマーク出身。
この作品はカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞している。

映画サイトのAll cinemaでこの作品の解説を読むと
“闇の稼業に手を染めたハリウッドの孤独なスタント・ドライバーが、愛する女性のために裏組織に戦いを挑む姿を、クールかつスタイリッシュに描き出したクライム・アクション”となっている。

まあ、そういう作品ともいえるのだが、そして大きなプロットとしてはその通りである。
だが、最後まで見た感想は非常に妙なものを見たという印象だ。

導入部は、'70年代後半〜'80年代あたりのB級犯罪アクションの趣。
夜のカーチェイス・シーンにジョルジオ・モロダーの音楽が似合いそうな感じだ。
物語は修理工、カースタントマンと夜の裏家業で日々を送る主人公(クレジットにはドライバーとある。名前はわからない)が隣の部屋で暮らす子持ちの人妻と惹かれあうさまを情感を込めて描いていく。

だが、中盤以降、作品がなんとも奇妙な雰囲気をただよわせ始める。

人妻を救うためにした行動が次々と殺人事件に発展、しかもおとなしい微笑を浮かべていた“ドライバー”が凄惨な殺人に手を染めていく。
唐突な暴力描写がショッキングだ。
しまいには、ドライバーはなぜかスタントで使っている奇妙なマスクを被り、“敵”の店の前に佇んだりする。
その姿はホラーの趣。

どこかからか流れてきたというドライバーの素性はまったく分からない。

私は途中で、もしかしたらドライバーは潜入捜査官かと思った。

だが、平気で残忍な殺人を行うことから、ドライバーは実はサイコキラーなのではないかと思いながら見ていた。

ただ、それは物語が終わってもわからなかった。
ともかく主人公の素性、思考、感情の流れについての説明が少ない。

大きなプロットはAll Cinemaにあったような単純なものなのだが、登場人物のバックグラウンド、その舞台の設定についての説明がほとんどない。
主人公はサソリの絵が描かれたジャンパーという今どきあり得ない服装をしているので、'80年代あたりの話と思っていたのだが、携帯電話が登場したりする。ある種、時代設定などを無視した架空の世界とも思えてしまう。

さらに、ラストが非常に曖昧なものとなっている。
中華料理店で敵のボスと2人きりで会ったドライバーは、翌日駐車場で金の受け渡しをすることを話し合う。
すると場面はいきなり、駐車場となる。
そして、金を渡したドライバーは敵のボスに刺される。
と、またシーンは中華料理店の場面に戻り、さらにまた駐車場のシーンに戻る。
実際のシーンと、想像・心象風景を描くシーンが突如交じり合ってどういう結末になるのかがあいまいなままに終わる。

画面の流れとしては、ドライバーは敵のボスを殺し、車に乗って町を去るというシーンで終わっているのだが、見ていて釈然としないものが残る。
実際はドライバーは殺されて、その魂が車を運転しているというイメージシーンなのでは、とも思える演出にもなっているのだ。

そのあたり、「シェーン」の有名なラストシーン、「シェーン、カム・バーック!」と少年が叫んだ後の、馬に乗って去るシェーンのことを思い出した。
ウィキペディアの“シェーン死亡説”
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%B3#.E3.82.B7.E3.82.A7.E3.83.BC.E3.83.B3.E6.AD.BB.E4.BA.A1.E8.AA.AC

言うまでもないことだが、この映画のプロットは「シェーン」を連想させるものだ。

きっちりと昔のB級アクションとして作られている映画ではなかったと思う。
見た人それぞれに違う印象を残す映画なのではないだろうか。

隣で見ていたカップルの男性は帰りのエスカレーターで、「『レザボア』じゃん。そして誰もいなくなったって感じで」と彼女に語っていた。
唐突なバイオレンスシーンの挿入はタランティーノぽいところはあるので、そう思う人もいるのかもしれない。

気になって原作の内容をちょっと調べたら、映画は別物に仕上がっているようだ。

ドライヴ〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

ドライヴ〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

私の感想としては快作というよりは“怪作”ですね。
クリント・イーストウッドの西部劇に時々あった“ゴーストライダー”ものの現代版ということもできるのかもしれない。
私自身はこういう映画は好物です。

ライアン・ゴズリングという“場”に馴染まない妙な味わいのある役者が、この映画にうまくハマっていた。

ただ、私は映画読解力はあまり自信がない。
まして1度(しかも漫然と)しか見ていないからこの感想は的外れかもしれない。