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映像、書物、音楽などについての感想

アレクサンダー・ペイン監督、ジョージ・クルーニー主演の映画「ファミリー・ツリー」

ダーク・シャドウ」とどちらかを見ようかと思ったが、会社の映画好きの人間の勧めで「ファミリー・ツリー」を見た。
週刊文春の映画評では、25点満点で20点という高得点。しかも5人の評者が5点満点で全員4点という、珍しい得点内容だった作品。

見終えた後、全員が4点つけたのが納得できた。
誰もがそれぞれに楽しめて、深い余韻をもって見終わることができる良作だった。
「映画を見た」という気分になれた。

以下、私なりの感想をざっと書く。

“誰が何をする話”的に最もシンプルに内容を煎じ詰めれば以下のようになるのだろうか。

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ハワイ王族の血を引く資産家の中年男性が、事故で回復の見込みのなくなった妻を看取るまでを描く家族ドラマ

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そこに、主人公と親族が所有する数百億円にもなるハワイの莫大な土地売却の話、植物状態になって初めて知った妻の浮気が絡んでストーリーが進行する。

これだけだと、どこが面白い話なのかさっぱりわからないと思うが、
・登場するキャラクター
・ハワイというロケーション
・映画における語り口
・主人公を追い込むストーリー構成、そして主人公の行動
・作品のもつ世界観
以上の点が、作品を非常に魅力的なものにして、話をうまく転がしていた。

特にキャラクターとロケーションの魅力が大きかったと思う。

まず、あのジョージ・クルーニーが“ハワイ・カメハメハ大王の血を引く資産家の中年男性”を演じているのがなんとも面白い。
あの顔でこの役はどうなのだろうと思っていたが、クルーニーは当たり前のようにその役に没入しており、はまっているともはまっていないともいえないのだが、ともかくいい味を出している。
ストーリーの核となる主人公の行動がドラマの流れを推進していた。

そしてほかの配役も非常にいい。
キャラクターというものは長所・短所、矛盾したところがあれば深みと魅力を増すが、映画の上映時間はたった2時間。うまくそこを表現しないと、キャラクターの統一性が取れなくなるとところもある。その点、この映画は矛盾しながらも一つの方向に進んでいくそれぞれのキャラクターが非常にうまく表現され(脚本でも演技でも)、バラバラだった家族が一つにまとまっていくさまがご都合主義を感じさせない流れで進んでいた。
そういうこともあり、登場人物のちょっとした言動・しぐさで心動かされることが多くあった。

特に主人公の長女、長女のボーイフレンドについてはそれがうまく表現されていた。
2人は初めに登場したときから比べると、さまざまな経験を経てラストでは、とてもいい顔になっているように見えた。

そしてドラマの舞台をハワイにしたこともこの作品の魅力を大きなものにしている。
生命力にあふれた自然の中で、死に向かう女性を看取る。
植物状態人間になり死を待つ女性と美しいハワイの大自然というコントラストが作品の深みを出しているように感じた。

クライマックスの主人公が妻に別れを告げるシーンが素晴らしい。
主人公は意識不明の衰弱した妻にこう語りかける。

「さようなら、エリザベス、私の愛、私の友人、私の苦痛、そして私の喜び」
"Goodbye Elizabeth, goodbye my love, goodbye my friend. My pain. My joy.
このセリフは、これぞクライマックスといえる言葉だった。
特にmy pain(私の苦痛)という言葉に、私は見ていて打ちのめされた。
妻帯者であれば、この言葉の痛切さを非常に強く感じるはずだ。
少なくとも私はそうだった。
苦痛であり喜びでもあるということ。


この物語は“家族ドラマ”だが、舞台がロサンゼルスだったら、同じプロットでも印象は大きく違う作品になっただろう。

私はハワイには行ったことがなく、所詮リゾート地くらいの印象を抱いていたが、この映画を見て、いつかハワイに行ってみたいと思うようになったくらいだ。

比較するのはちょっと無理があるのだが、あえて書く。
以前見た「わが母の記」も屋外ロケーションに気をつかった家族ドラマだったが、格が違うくらいこちらの作品の方が面白く、深い内容だった。
これは予算的な問題によるものではないと思う。
日本の映画監督でこのくらいの作品を作ることのできる人はいないのだろうか。

ちなみに、どうでもいいことだが主人公の次女は、写真で見る中原昌也に似ているような気がした。デビッド・リンドレー顔とでもいうのだろうか。

なぜ、ジョージ・クルーニーの子供が中原昌也? などと思ってしまった。

※この映画に否定的なあるウェブの記事の見出しに“ダメ人間の成長を描く”とあったが、ちょっと違うんじゃないの、と思った。“ダメ人間”という言葉で簡単にくくってしまうと見ない人が誤解すると思う。