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映像、書物、音楽などについての感想

石丸元章による神風特攻隊についてのノンフィクション「KAMIKAZE神風」

KAMIKAZE神風 (文春文庫)

KAMIKAZE神風 (文春文庫)

石丸元章著作については、ドラッグ漬けになった体験をつづった「SPEED スピード」「アフター・スピード」は読んだことがある。
飛鳥新社から’96年、’97年に出たものだった。
現在は文春文庫から出ているようだ。
SPEED スピード (文春文庫)

SPEED スピード (文春文庫)

面白かったように記憶するが、もはや具体的内容についてはほとんど覚えていない。
ただ、面白いと思いつつ、嫌な気分になったことは覚えている。
読んでいるとき、以下のようなものを感じた。

“偽悪的、虚勢を張る、ワルを気取る、芝居がかっている。→いい気になっている”

無軌道な無法者を演じるそらぞらしさ感、そう演じている著者がいい気になっているものが感じられ、どうにも、読んでいる私をムカムカとさせた。ほかの人がどう感じたかは知らないが、私はそう感じた。
ただ時折感じさせる切実なもの(描写)には魅力は感じたように記憶する。ただ、あまりに昔なのでどんな部分で魅力を感じたかはもはや覚えていない。

以降、単独の著作は読んでいない。

今回、この本を読んだのは、図書館の返却棚に置かれてあるのをたまたま見たからだ。
表紙を見て、あっけに取られた。
KAMIKAZE神風 (文春文庫)
長渕剛だ!
短く刈られた金髪、ジーンズに白のTシャツ、顔を若干上に反らして腰には手を当てている。腕には小さなタトゥー。
そしてタイトルにひけをとらない大きい文字で“石丸元章”!

“男”を演出した、いい気になった感丸出しのナルシスティックな表紙である。
恥ずかしくないのだろうか?

私は、長淵剛がアルバムのジャケット写真やグラビア記事でこのようなボーズでいるものを見ても別に違和感・反感は抱かない。自作自演の歌手なのだから。こういう写真を見せることも、自分の歌の世界のイメージを見せる表現のひとつなのだから。

ただ、この本でのこの写真はいただけなかった。またムカっと来た。
本来なら、何だこりゃ! バカだね〜、と笑って見過ごしてしまえばいいのだろうが、思わず手に取ってしまった。

裏表紙にはこんなことが書かれてあった。
“KAMIKAZEといえば、米艦隊に突っ込む零戦の映像フィルムや鶴田浩二しか思い浮かばない1965年のならずものが、元特攻隊員の肉声に触れる旅に出た。予科練入隊直後の15、16歳の軍国少年が「報国」や「英霊」といった言葉に高揚する姿や、出撃前の特攻隊員の目に青く輝く青い炎に、彼は何を見たか”

特攻隊についてのルポのようである。

著者は、高揚させるもの、男気的なもの、マッチョ的なものに引かれるタイプの人間のようだ。
この人の文体は、文章の密度も低いので簡単に読める。ムカついたついでに借りてみて、久しぶりに読んでみることにした。

著書を読んだことは久しくなかったが、この人が日本における“ゴンゾー・ジャーナリズム”なるものを標榜していることは知っていた。

私は詳しくは知らないのだが、ゴンゾー・ジャーナリズムとはウィキペディアによるとこんな感じ。

“ゴンゾー・ジャーナリズム(英: gonzo journalism)は、ニュー・ジャーナリズムの流れに属し、主観的な記述を特徴とするジャーナリズムのスタイルのひとつである。ジャーナリズムに通常求められる客観性よりも、自らを取材対象の中に投じてその本質を伝えることを重視する。このため、文中に筆者自身が登場して一人称で綴られることが多く、事実のみを伝達するのではなく、時にフィクションが織り交ぜられることもある。このような特徴から、正統的なジャーナリズムからは異端視されることも多い。"gonzo"という語は本来「ならず者」、「常軌を逸した」といった意味である。”

アメリカの作家、ハンター・S・トンプソンという人のスタイルがそうらしい。ジョニー・デップが主演したテリー・ギリアム監督の珍作映画「ラスベガスをやっつけろ」('98年)の原作を書いた人である。映画でデップが演じていたのがトンプソンに当たる。この映画は見たが、恥ずかしながら、私の理解・感じる範疇を超えたものだったのでさっぱり“わからなかった”。私はトンプソンの著作は読んだことはない。

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要は、ゴンゾー・ジャーナリズムとはフィクションも織り交ぜた“無頼なテイストのノンフィクション小説”みたいなものなのだろう。と勝手に理解した。

で、この「KAMIKAZE神風」の内容について。

この本を書くことになったいきさつというのが驚くべきものだ。

著者は超有名な外国通信社の元東京特派員からある依頼を受けたそうだ。

その依頼とは、日本の神風特攻隊についての本の執筆をしてほしいということだったそうだ。第2次大戦末期に、爆弾を積んだ飛行機ごと敵の船に激突したというあの神風特攻隊についてである。

その元特派員はその企画の執筆について、ある高名な作家にそのことを相談したところ、自分(石丸)を推薦したのだという。
そして執筆の条件はあり得ないような破格なものだった。
書いてくれるということだけで、原稿料、取材料などもろもろすべて払うという。印税はいらない。もし執筆後、出版社のあてがつかないなら見つけるという。
そして、その老人は原稿料としてベストセラーの印税以上の額を払うという。
1000円の本がベストセラーで50万部とすれば印税は10%の5千万円。そのくらいの原稿料を払うというのだ。
しかも経済的見返りはまったくない行為である。

高名な作家からの紹介とはいえ、自分で企画していた本の執筆を見ず知らずの人に託す、しかも報酬は数千万。
私は一応、ノンフィクションと思って読んでいたので、世の中にこんなすごいことがあるのかとびっくりした。

このルポルタージュ(小説?)、老人が九州のある島で著者に執筆を依頼することで始まり、すべてを書き上げ、書籍となった本を携えて老人とその島で再会、本を彼に渡すことで終わるという構成になっている。

再会の際、著者は自信満々で、依頼主にこの本を渡すが、すごい度胸だと思う。
自分の姿がデカデカと載った本を、これだけのギャランティーで依頼した人に堂々と渡せるのだから。
依頼者の老人はこの表紙を見てどう思ったのだろうか。

いやー感心した。
その度胸に。

てか、もしこの部分創作だとしたら最悪だと思う。
こんな、月並みな想像力で書いたヨタ話をフックにしてルポを進めるのはやめてほしい。
私はこれを事実と思うことにするが……

ともかく、この部分については衝撃的であり、信じがたいというのが正直なところだが、内容についてはかなりの取材をしたことがうかがえる。
巻末に載っている参考文献も膨大なものだ。ただ、これは編集の人間があつらえたような気もするが……。
それにしてもこれだけの量の文献を読み、相当な数の“特攻隊の生き残り”人間に会って、とりつくろうことのない生の声を聞いてそれを記録したということには意義はあったと思う。
現時点ですでに亡くなってしまった方もいるだろう。
ムカつくような内容ではないし、きちんと対峙すべきことにはきちんと対応、ちゃんと文章として書いている。表現力もある作家だとも思う。

ただ、結論からすると、
色々話を聞きました。いろんなところにも行きました。面白いエピソード、心を打つエピソードもありました。それでおしまい! という感じである。

結局いろんな人の話を紹介しているのだが、羅列しているだけで浮かび上がってくるものがないのだ。
一体、著者は何が言いたかったのだろう? さっぱりわからなかった。特攻隊についての若干の下世話な話が書かれているだけの本といわれても仕方ないのではないか。

文庫版あとがきを読むと、“GONZOジャーナリズム”について著者の見解とこの本の位置づけについて色々と書かれてある。
GONZOジャーナリズムとしては失敗作だが、“「特攻隊員」をめぐる取材本としては、前例がないくらいの傑作になってしまったのであった”(P322)とも書いている。
著者もいろいろと思うところがあったのだろう。

表紙ほどにムカつく内容でなく、まじめな部分のあるノンフィクションだったが、結果として、著者への執筆依頼の奇妙なエピソードだけ妙に心に残ってしまったという困った本だった。

「あとがき」でハンター・S・トンプソンと共同で進めている企画があると著者は書いていた。
多分、トンプソンの著作「ヘルズエンジェルズ」の石丸翻訳版のことだろう。これはもう出版されている。いずれ読んでみることにしたい。

ヘルズエンジェルズ

ヘルズエンジェルズ