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映像、書物、音楽などについての感想

清水真砂子「『ゲド戦記』の世界」

「ゲド戦記」の世界 (岩波ブックレット)

「ゲド戦記」の世界 (岩波ブックレット)

ゲド戦記」全巻の翻訳をした清水真砂子氏による「『ゲド戦記』講演」。
2006年9月に岩波ブックレットNo.683として出版された。

清水氏は翻訳者でもあるので「ゲド戦記」の第一人者とみなされているようだ。
なるほどと思うところも多く、読んで得るところも多かった。

ただ、長年「ゲド戦記」を翻訳し続けてきたせいか、気持が入りすぎて自分自身とル=グウィンを同一視しているところがちょっと気になった。

ゲド戦記」全6巻を読んで、ル=グウィンはずば抜けたものをもつ“ものすごい作家”だと思った。
彼女の小説はこれから読んでいくつもりだ。「ゲド戦記」もいずれ英語版で読みたいと思っている。

そんなル=グウィンのことを、日本のいち翻訳者が自分と同一視するのは正直“なんだかなぁ”という気にさせられてしまう。

あとがきを読んだときも少し感じていたが、作品の読み込みについても自分の読んだものが“正解”としがちなところも感じられた。色々と読み方のできる小説なのだから、清水氏の言葉には時々違和感を覚えた。

また、気になったのがル=グウィンオックスフォード大学で行った講演についての意見。
この講演でル=グウィンは大きな方向転換をした第4巻について作品の解題をしている。
清水氏は講演は意味を説明しすぎで、これでは作品からこぼれ落ちてしまうものがあると指摘、批判的に語っている。
気になったのでへるめす45号に掲載されていた講演録を読んでみたが、作者による自作の解説として私は非常に興味深く読むことができた。
清水氏の紹介でこの記事を知って読むことができたので(翻訳も清水氏)ありがたいことではあったのだが、その指摘が正鵠を得ていれば別であるが、ちょっと翻訳者としては分を過ぎた言葉なのではと感じた。

気軽にすぐに読める基本的な「ゲド戦記」入門書ではあるが、引っかかるところのある内容だった。

話はずれるが、この「ゲド戦記」というタイトルは誰がつけたのだろう。
岩波書店の人間なのだろうか。今となっては誤解を招くものになっている。
“戦記”ではまったくない。
普通に「アースシー物語」という類の題にすべきだったと思う。
また発行順に関しても現在の岩波少年文庫では
「ドラゴンフライ ゲド戦記5」
アースシーの風 ゲド戦記6」
とアメリカでの発行順と同じになっているが、
当初日本では
アースシーの風 ゲド戦記5」
ゲド戦記外伝」
と逆の順で発行していたようだ。
これも酷い話だ。
“外伝”だから後にすればいいと思ったのだろうか。とんでもない勘違いだ。
私は本来の順番である「ドラゴンフライ ゲド戦記5」「アースシーの風 ゲド戦記6」で読めたが、初めの日本での発行順で読んだ人は作品の印象がかなり変わったと思われる。
中編「ドラゴンフライ(トンボ)」のアイリアンのことを知らずに「アースシーの風」を読んだのでは流れがよくわからなかったのではないだろうか。読書体験としてもったいないことをさせている。

岩波少年文庫ということもハンディになっていると思う。
4巻以降の内容は少年文庫とするには逸脱したところがあるので本来は別のシリーズの中で出すべきだ。

どうも「ゲド戦記」という小説、映画化など色々な点で日本で不遇な目にあっているような気がする。