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映像、書物、音楽などについての感想

クエンティン・タランティーノの監督作「ジャンゴ 繋がれざる者」

この作品はタランティーノが初めてストレートな時間の流れに沿って物語を展開した長編のような気がする(確認はしていない)。
メリハリの効いた映像と明快なストーリー展開。
映像手法上の過度のギミックはない。
緊密なストーリー、映像展開に魅了された。

中盤までは、この映画は傑作になるのではないかと思って観ていた。
ただ、この展開だと一体どのような落とし所で終わるのだろうとも思っていた。

ジャンゴは妻と自由の身になりながらも、その後の死を予感させるもので終わる。
または「ドライヴ」のように現実の終着点がさまざまな解釈をされるような含みをもたせた形で終わる。
そんなことを思いつつ、ドキドキしながら観ていた。だが、ああなるとは……
結局、第3幕にあたる部分は何とも破綻した内容になっていた。確信犯的なものにしてもこれはないのでは。
そこまでB級映画が好きなのか……

A級の映像話法をもってしてB級の枠組みのドラマを作ったという映画。
第3幕においては映像手法と描かれる内容の乖離があまりにもはなはだしく、びっくりしてしまった。

タランティーノという人は変な映像作家だ。

ちなみに、この映画、特に根拠はないのだが、見た印象としては3つに分かれる物語のように思えた。
ディカプリオ登場前の物語、ディカプリオ、クリストフ・ヴァルツ退場までの物語、2人が退場してからの物語。
論理的に検証はしていないが、印象としてはそんな3つに分かれる物語のように思えた。

タランティーノはカットのつなぎはテンポよく、キレのある演出を見せるが、一般的な“ドラマ”における心理描写を描くことはまだあまり慣れていないように思った。
元々そんな映画を撮っていないし、撮ろうとしてもいないから当然かもしれないが。


ちょっと映像表現の意図について違和感のあるものがあった。

惨劇の前、クリストフ・ヴァルツ演じるシュルツは、ディカプリオの屋敷でハープにより奏でられる「エリーゼのために」を聞き、ベートーベンはやめろと激高する。
これって、私はドイツ的なものに心酔するシュルツは天上の世界を志向する偉大なベートーベンの音楽がこんな空間で奏でられることに我慢ができず、激高した。
と理解したが、あまりそう取っている人はいないようだ。
タランティーノの意図はどういうものだったのだろう。

とはいえ、この映画が面白かったことは間違いない。

タランティーノデヴィッド・フィンチャーと同様、私が劇場で見ようと思う数少ない映画監督だ。