NHK「こころの遺伝子」制作班「三國連太郎の『あなたがいたから』―運命の人 木下恵介」
三國連太郎の「あなたがいたから」―運命の人 木下恵介 (NHK「こころの遺伝子」ベストセレクション)
- 作者: NHK「こころの遺伝子」制作班
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この番組はNHK総合で2010年3月29日から7月26まで放送されたとのこと。番組でのインタビュアーは西田敏行。
番組を見たことはなかったが、三國連太郎と木下惠介との関係に興味があり読んでみた。
以下、雑然とした読後感想。
三國連太郎がメインと思ったのだが、彼と木下惠介の人生をそれぞれ半々のボリュームで紹介している内容だった。
この本によると、三國連太郎は東銀座の路上で松竹のスタッフにスカウトされ、木下監督作の「善魔」の主役として出演。その後続けて2本の作品に出演、俳優の道に進むことになったとある。木下監督は三國のことを相当、気に入っていたようだ。
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木下監督の女性的な物腰、同性愛的な傾向については、いくつかの書籍で触れられているが、ここではそのことは特に言及はされていない。
木下組の助監督だった横堀幸司という人のコメントが興味深かった。
P54〜P55「『人を育てるというのは、えこひいきをすることだ』と公言してはばからない方でした。俳優でもスタッフでも、そういうお考えだった。私が入社したころ、助監督の中では山田太一さんを一番可愛がっていらっしゃいました。三本続けて使ったということは、三國さんもそうだったんでしょう」
「人を育てるということは、えこひいきをすることだ」と公言、というのがすごい。だがある意味そうかもしれない。山田太一がそこまで木下監督に気に入られていたというコメントを読んだのは初めてのような気がする。木下組というのはかなり独特な雰囲気だったということはこの言葉からもわかる。
また三國の容赦ない発言も興味深かった。三國はある意味で木下を裏切り、松竹を去った。だが、そのことを気にしない木下監督の誘いでその後再び大船撮影所に入ったときのことをこう語っている。
P86「木下組の助監督連中は、いつでも僕を悪魔扱いしましたよ(笑)。でもあの態度は、きっと体裁だったんでしょう。僕を裏切りものと糾弾することが、師匠に対するおべっかになると考えたんでしょうね。まぁ『人間ってそういうもんかな』と、僕は思っていましたけど。
だけど当の木下さんだけは、顔を合わせると笑って、『全部見てんのよ、連ちゃん。あの写真(映画のこと)良かったね』なんて声を掛けてくれました。だから、と言う言い方は失礼かもしれませんが、木下さんに続く者はたくさんいたけれど、超えた人は一人もでませんよね」
一方、助監督側はこんな感じ。
P87 横堀さんはこう考えている。
「俳優・三國連太郎の未来に、木下さんが理解を示したということです。その人が大きく育つためと考えれば、そこは懐の深い方です。自分のカゴから絶対出さないということはしない。
だけど自分が認めない大嫌いな監督のところへホイホイ行くと、『どうしてあんなものに出るんだ』と怒るし、その俳優と絶好してしまう。恐ろしいですよ。でも、三國さんはそうではなかった」
木下監督は、人の好き嫌いが激しく、嫌いな人間にはそっぽを向いて話もまともにしようといないということは、よく書かれている。そして、仲良くしていた人間でも一度何かあって嫌いになると、徹底的に忌み嫌うということも読んだことがある。
かつては親しかった脚本家の菊島隆三は、「トラ・トラ・トラ!」での黒澤監督の降板騒動で、菊島が黒澤から離反したことで思うことがあり、菊島を相当嫌うようになり、そのことを偶然会った菊島本人に対して言ったということを以前読んだ記憶もある。多分「菊島隆三 人とシナリオ」ではないかと思う。若干記憶違いかもしれないが……
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つらつらと書くときりがないのでこのあたりにするが、この本を読んで結局思ったこと。
◆木下監督とジャニー喜田川氏には共通するところがあると再認識。
かわいい男の子を好む同性愛的傾向、佐田啓二や三國連太郎らを抜擢したようにタレントの魅力をすぐに察知するアンテナ、このあたり通じるものがあるように思える。
◆小林正樹が木下組出身だったことを再認識。
小林正樹は比較的“忘れられた監督”となっているように私には思えるが、黒澤、木下、市川崑と並び四騎の会を結成した名監督だ。この本では「木下組の優等生」というスタッフからの評があった。
話はそれるが、これを読んで黒澤明関係の別の本のことを思い出した。その本では“黒澤組の優等生”として森谷司郎が挙げられていた。さらにそれに対する0点の助監督として加藤泰が。「羅生門」の際のことだろう。読んだ本の書名は忘れた。
↓大映製作「羅生門」の脚本は黒澤監督と橋本忍の共作。橋本のデビュー作でもある。
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◆“わが道を行った”三國連太郎の生涯を再認識。
そんな三國に対し木下監督は
若き日には
「好きなようにやればいいんだよ」
と演技指導し、
ベテランとなってからは
「自分で選択することだよ、役者は。自分の思った通りにやりなさいよ、三國君。それしか人間の行く道はないんだ」
と語ったという。
2人に頻繁に連絡を取るような密な交流はなかったのかもしれないが、このアドバイスがあったからこそ、三國は木下監督を「あなたがいたから」と題されたインタビュー番組で“運命の人”として木下監督を挙げたのだろう。
ただ、ウィキペディアで様々なエピソードを読み、三國については「偉ぶる人ではないが相当、我の強い人」と感じた。「釣りバカ」のスーさんとは程遠いキャラクターの人物である。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%9C%8B%E9%80%A3%E5%A4%AA%E9%83%8E
◆山田太一の木下監督への弔辞の言葉が載っていた。過去に何度も読んだ文章だが、久しぶりに読んで改めて感心、かつ心打たれるものがあった。
P139 木下監督の葬儀で弔辞を述べた山田太一さんは、マンションを訪問したときのやりとりを紹介して、こう語った。
[『観るもんなんか、なにもないよ』と言ったときの木下さんの悲しみのようなもの、虚無のようなもの、その深さにたじろぎました。なにかもどかしさがあります。日本の社会はある時期から、木下作品を自然に受けとめることができにくい世界に入ってしまったのではないでしょうか。
しかし、人間の弱さ、その弱さがもつ美しさ、運命や宿命への畏怖、社会の理不尽に対する怒り、そうしたものにいつまでも日本人が無関心でいられるはずがありません。ある時、木下作品の一作一作がみるみる燦然と輝きはじめ、今まで目を向けなかったことをいぶかしむような時代がきっとまた来ると思っています]
“人間の弱さ、その弱さがもつ美しさ、運命や宿命への畏怖、社会の理不尽に対する怒り”。
これはまさに木下作品に通底するものであり、さらに山田太一脚本のドラマに通底するものだ。というか、ドラマというものの根底にあるものかもしれない。
私はこういうドラマを見たい。