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映像、書物、音楽などについての感想

坂元裕ニの脚本によるテレビドラマ「それでも、生きてゆく」01

TV 脚本 ドラマ

成馬零一という人の書いたテレビドラマ論「キャラクタードラマの誕生 テレビドラマを更新する6人の脚本家」という本を読んだ。↓読んだ感想メモ
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20140219/1392808919

その流れで、ユリイカ2012年5月号「特集 テレビドラマの脚本家たち」も読んでみた。

俎上に上がっていたのは岡田惠和宮藤官九郎古沢良太といった人気脚本家。
その中の一人、坂元裕ニのインタビューを読み、
未見のドラマである坂元の脚本作「それでも、生きてゆく」(’11年 フジテレビ系)に興味をもった。

大雪で外に出ることのできなかった日に一気に11回を見た。
非常に変わったドラマだった。
こういうものでも地上波のテレビで全国放送できるものなのかと感心した。


物語の成り立ちを時系列で書くとこんな感じだ。

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ドラマ上の現在から15年前。
山に近い地方の町で暮らす中学生の深見洋貴には7歳の妹・亜季がいた。
夏のある日、洋貴が亜季を家に一人置いて、友人とアダルトビデオを借りて騒いでいる中、
亜季が山中の湖のほとりで殺害される。
殺害方法は、かなづちで頭を何度も殴りつけるという残虐なものだった。
その後、容疑者として洋貴の同級生の友人・三崎文哉が逮捕される。
文哉は犯行を認め、医療少年院に送られる。
これがドラマの背景である。
そして現在。
娘を殺された深見家はそのことが原因で崩壊。
両親は離婚し、父(柄本明)は寂れた湖のほとりで、釣り客向けボート屋を息子の洋貴(瑛太)と営んでいた。
一方、加害者である三崎文哉(風間俊介)の家庭は残忍な少年殺人者の家族ということで世間から白い目で見られ、受難の日々を送っていた。
父(時任三郎)は、妻と娘を犯人の名字から変えるために、同居していながら離婚。職を転々としながら、世間の目から隠れるようにして祖母、妻(風吹ジュン)、娘の双葉(満島ひかり)、灯里(福田麻由子)と暮らしていた。

ドラマの本編はこんな状況から始まる。
三崎家への執拗な嫌がらせが深見家によるものと思った双葉は、洋貴と父の営むボート屋を訪れる。

【以下は連続ドラマのザックリとした流れ】
そこで出会った洋貴と双葉は被害者家族、加害者家族という関係にありながら医療少年院を出た後、消息を絶った文哉の行方を追っていく。
その過程で、両家族それぞれの抱える心の傷や問題、その対処が描かれていく。

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連続ドラマとしては、2つの問題が主軸となって描かれていく。
(1)殺人者・文哉とはいったい何者であるのか? 友人の妹である無邪気な少女を殺した理由は何なのか?
(2)被害者家族の洋貴と加害者家族の双葉の関係(恋愛関係)はどうなるのか?
連続ドラマなので多くのテーマを含んでいるのだが、上記の2つがこのドラマで重要なテーマであるように私には思えた。

“被害者家族の男(女)と加害者家族の女(男)の恋”。
このようなドラマ、映画は古来からいくつもある。
普通はこの類のドラマの展開としては加害者が深く反省して侘び、物語は終着点に着地する。
反省しながら贖罪的な死を遂げるというパターンもよくある。

それでも、生きてゆく」はそうはなっていないのだ。
このドラマには大きく違う点がある。
加害者が共感能力を欠いたサイコパス(的な人物)という点である。
ドラマではサイコパスという言葉は使っていないが、そういう定義のもとに創られたキャラクターだろう。
しかも悪役としてでなく、主人公の友人、主人公の相手役の女性の兄として。


最近読んだ伊坂幸太郎「死神の浮力」にもサイコパスは登場していた。

死神の浮力

死神の浮力

↓「死神の浮力」を読んだ感想メモ
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20140211/1392109110

「死神の浮力」ではサイコパスについて以下のように書かれている。

P9
「アメリカでは二十五人に一人は良心をもっていない。って話、聞いたことがある?」美樹が言ったことがある。(略)「サイコパスと呼ばれている人たちだ」僕はずっと昔、小説を書く資料として読んだ本の何冊かを思い出した。「冷淡な脳と書いてあるものもあった」
彼らは表面的には、ごく普通の人間で、ごく普通の親であり、たとえば動物を飼い、たとえば立派な肩書きを持ち、生活している。成功者であることも多い。ただ、他人に共感することがなく、社会のルールを守る意識も薄い。良心を持たず、自分の行動が誰にどういった影響をもたらすのかを、まったく気にせずにいられるのだという。
「『できないことがない』人たちのことだよ」
「え?」
「僕が読んだ本にはそう書いてあった。僕たちは普通、自分の欲望をそのまま叶えることはできない。相手を傷つけたり、ルールを破ってしまうことを恐れるからだ。ただ、良心を持たない人たちは、無敵だ。できないことがない」

良心をもたない人たち (草思社文庫)

良心をもたない人たち (草思社文庫)

サイコパス -冷淡な脳-

サイコパス -冷淡な脳-

私は伊坂の挙げた上記の参考書籍を読んでいない。
その書籍の論ずるところにおいて、サイコパスという存在がどのようなもので、どの程度のレベルでどの程度実在しているのかを知らない。
25人に一人サイコパスがいたら社会は破綻すると思えるのだが、話としては面白いし、悪役にこのサイコパスを設定すれば小説、映画のネタにはなりそうである。

ただ、このサイコパスを共感し理解できる存在として描くのは非常に難しいと思う。
「死神の浮力」ではサイコパスは物語上での徹底的な悪役として描かれていた。

貴志祐介の小説「悪の教典」もサイコパスが主人公だが、この作品では“サイコパスに読者は共感できない”という発想を逆手に取って、ある種“痛快”ともいえる物語を作り上げている。
主人公の高校教師は裏で学校を支配しようとするが、失敗。一晩でクラスの生徒全員を殺害するはめになり、その鉄人レースのような過酷なゲームに挑む姿を描く作品となっている。

悪の教典〈上〉 (文春文庫)

悪の教典〈上〉 (文春文庫)

悪の教典〈下〉 (文春文庫)

悪の教典〈下〉 (文春文庫)

貴志祐介悪の教典」の感想メモ
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20120817/1345226218

↓こちらは三池崇史監督による映画の感想メモ
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20121113/1352802476

それでも、生きてゆく」は上記の2作品とサイコパスに対するスタンスが違う。
サイコパスを理解できる共感できる存在として描こうとした作品である。

共感し、理解することが無理と思えるサイコパスを登場人物の友人、兄として設定。
そのサイコパスは主演2人の男女を結びつける接点であり、
同時に2人が結ばれるための障害として存在している。
ドラマ上の葛藤の作り方としては非常に興味深いものだと思う。単なる犯罪者でなく、サイコパスであるという点がテレビドラマとしては画期的だ。


ユリイカ2012年5月号「特集 テレビドラマの脚本家たち」の坂元裕二インタビューでは「それでも、生きてゆく」に関してこんなやりとりがある。

―― 文哉が徹底的に理解できない人間として描かれていることについて、むしろ私はすごいなと思いました。
手を取り合えない他者として描き切る、しかし他者だからといって排除しない。
理解の及ばない文哉を、洋貴は助けますよね。
長年引きずっていた復讐したいという欲望を抑えて、理解できないままにただ受け入れてゆく、そこに心を動かされました。
坂元 ある時点で、「ああ、これは、俺は文哉のことわからないよ」って思ったんですよね。
どうしたら理解できるんだろうということはずっと考えていて、このままじゃこのドラマを終われない、文哉の幕を下ろすことができないと思って、すごく不安だったんです。
そしてわからないまま終わったという、自分の中ではすごく悔しい、課題の残るドラマでしたけどね。
―― 最初からわからない人間として造形するのではなくて、わかろうとして書くからこそ、わからないことがリアルに伝わるのかもしれませんね。
因島の食堂のシーンで、洋貴が文哉に語る言葉を一生懸命探すじゃないですか。
洋貴は文哉の心に響くような物語を語ろうとするんだけど、彼には一切届かない。
前のシーンで文哉は洋貴に命を救われているわけだし、普通のドラマだったらわかり合って涙を流すシーンなんですけど、あそこで文哉に「ごはんまだかな」って言わせたというのが衝撃的でした。
洋貴がなんとか文哉に届く言葉を見つけようと探して、探して……という姿は坂元さんご自身にも重なりますね。
(中略)
坂元 さきほど岡室さんが『それでも、生きてゆく』は「テレビの枠を外れている」と言って下さったんですが、本当に外れたと思ったのはやはりその10話のラストでしたね。
テレビドラマというのは、犯人がこっちに歩み寄って、説得に応じて初めてドラマの形として成立するんですよ。
自分でそれを選んだわけですけど、ついにテレビドラマじゃないものを書いてしまったなという反省はあるんですよ。

それでも、生きてゆく」の全体として興味深かった点をつらつらと書き連ねていたらかなりの文字数になってしまった。
のあたりで全体としての感想メモは終えることにする。
また、ドラマのディテール、ドラマの着地点に関しても興味深い点があったので、それはまた追って書くことにしたい。

※ここで“サイコパス”という言葉を私は使っているが、私は上記のように関連書籍は1冊も読んでいない。
また坂元氏はこの言葉は一度も使っていない。ドラマにおいて精神病理上の問題としての言及は具体的にはない。
邪悪な人間としてでなく、共感能力を欠いた人間として描かれている。
フィクションの理解のため、ここで便宜上サイコパスという言葉を使っているということを明記しておきます。

続きも書いたのでそれは↓に
坂元裕ニの脚本によるテレビドラマ「それでも、生きてゆく」02