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映像、書物、音楽などについての感想

映画監督・本多猪四郎の妻・本多きみの回想録「ゴジラのトランク  夫・本多猪四郎の愛情、黒澤明の友情」

書籍 映画

本多猪四郎は「ゴジラ」をはじめとした東宝怪獣映画・特撮映画の監督として知られている。
その一方、晩年は黒澤明の監督作「影武者」(’80年)から黒澤の遺作「まあだだよ」(’93年)まで5作品全てに演出補佐として参加、黒澤を支えていた。
「影武者」の前の作品はソ連製作の「デルス・ウザーラ」(’75年)だ。
つまり黒澤が本格的に復帰してからの作品全てということになる。

本多が何故、自身が監督をするのを引退してからわざわざ現場に戻り、演出補として黒澤のことを支えたのか、以前から興味があった。
相当に強い信頼関係と黒澤に対する献身の気持がなければ、年老いてから黒澤の現場を継続して引き受ける気にはなれなかったはず、と思われたからだ。

また、昔は怪獣映画・特撮映画は“子ども映画”として、“大人の映画”より一段低いものとしてみなされるところがあった。“子ども映画”をメインに監督してきた本多が、そのことについて何か鬱屈したものを抱いていたのか。
メカゴジラの逆襲」(’75年)で監督を引退してから“日本映画の最高峰”とされる黒澤映画に参加した本多の心境はどのようなものであったのか。そのあたりも知りたいと思っていた。

上記の理由もあり、たまたま知ったこの本を読んでみることにした。

以下に帯の文章を書かせていただく。

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猪四郎の妻・本多きみ95歳が綴る
日本映画界
秘話の数々

日本で8人目のスクリプターとして活躍したきみは猪四郎と出会い、結婚する。
激しくなる戦火の中で、夫は3度、徴兵。
実家の没落など、精神的・経済的に追い詰められたきみの支えとなったのは「必ず、帰ってくるから」と誓った夫の言葉だった。
戦争から戻った猪四郎は映画監督してデビューするには歳を取りすぎていた。
しかし本人の決意と覚悟を友人たちがサポートし、あの「ゴジラ」が生まれる。
映画の衰退期、黒澤が自殺を図る。
一方、猪四郎は東宝を去る。映画界から身を引いていた猪四郎は、ひょんなことから演出補として黒澤を支え、「影武者」他、5作品が生まれる。
5作品目「まあだだよ」完成後、急逝した猪四郎。
茫然自失のきみを支えたのは黒澤だった。
猪四郎の死後も開けられなかった、彼が遺した手紙や未発表の脚本などが詰まったトランク。
95歳にして乳がんを宣告され、手術に臨む前日、人生の最後の大仕事として、そのトランクを開け、猪四郎のすべてを感じ取ろうと君は決心したのだった。

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まさに上記の内容であり、正直、それ以上それ以下の内容ではなかった。

読んで感じたのが、「NHKの朝ドラにぴったりのネタ」ということだ。もしかしたら、それを狙い出版したのではと勘ぐってしまいたくなるほどの内容だった。特に序盤はそのまんま朝ドラに使えそうな展開。

95歳になり、猪四郎の墓参りをしたきみが、過去を回想。
茨城の大地主の娘として生まれたきみは、女学校を卒業後、新しい産業である映画会社・東宝に就職。東宝のスタジオの近くの寮で自由な青春時代を送りながら黒澤明谷口千吉などと交流。スクリプターとして活躍する中、そこで出会った猪四郎からプロポーズされ結婚。だが、戦争は激化して〜
という風に、戦前・戦後を生きた女性の一代記的なものとなっている。

で、以下を読み終えての感想メモ。

◆女性の年代記としては楽しく読めたが、猪四郎の作品世界の内側まで突っ込んだものではなかったので、物足りなさは感じた。
◆本を読むだけで猪四郎の穏やかな人柄が伝わった。ただ、円谷英二と親しくなったことで怪獣・特撮映画の世界に入ったということは分かったが、“子ども映画”を作っていることでの鬱屈した思いがあったかどうかについては全く語られていない。
◆猪四郎が黒澤の演出補佐をするようになったきっかけは、ゴルフだったそうだ。映画界から離れていた猪四郎と黒澤はゴルフ友達となり、そのことから再び交流が生まれ、演出補佐として参加することになったと書かれてある。帯にある“ひょんなこと”とはそのことである。ただ、東宝を退職後、老いてからも“あえて”黒澤を支えようと決意した猪四郎の思いはここには書かれていない。また黒澤から猪四郎に対して、監督を共同表記にしようという提案があったということが書かれているが、さすがにそのようにクレジットされることは現実的にはあり得ることではないと思った。黒澤監督作なのだから。
◆とはいえ、黒澤が監督デビューする以前から付き合いのあった猪四郎との関係、2人の強い絆はこの本から充分に感じることはできた。
◆「取材・構成・文●西田みゆき」となっている。95歳の年齢なのでさすがに書く事は負担が大きいのでインタビューを元に、この女性が執筆したということになるのだろう。それ自体は別にいいのだが、文の書き方、語り手のスタンスについて若干読んでいて違和感があった。また、タイトルに「ゴジラのトランク」とありながらトランクは開かなかった。まあ、このことはどうでもいいことですが。

猪四郎の公式サイトがあることを知った。息子さんが中心となり作っているようだ。
http://www.ishirohonda.com/index.html
猪四郎のインタビュー集「『ゴジラ』とわが映画人生」は読んでみることにする。
むしろ先にこっちを読んでおくべきだったと思った。