本多猪四郎 「『ゴジラ』とわが映画人生」
- 作者: 本多猪四郎
- 出版社/メーカー: 実業之日本社
- 発売日: 1994/12
- メディア: 単行本
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「ゴジラのトランク 夫・本多猪四郎の愛情、黒澤明の友情」を読んだ感想メモ
- 作者: 本多きみ
- 出版社/メーカー: 宝島社
- 発売日: 2012/12/17
- メディア: 単行本
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以下の2つである。
・子供映画である特撮映画を撮り続けることへの鬱屈した思いはあったのだろうか
・自身が引退した後に、黒澤明監督の助監督(演出補佐)とし“わざわざ”参加したのは何故なのか
今回読んだのはワニブックスからの復刊版でなく、実業之日本社から'94年12月に刊行されたもの。
息子さんがかかわった復刻版を読んだほうがよかったかもしれない。
- 作者: 本多猪四郎
- 出版社/メーカー: ワニブックス
- 発売日: 2010/12/08
- メディア: 新書
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この本は、まえがきと「最初の記憶」題された序文以外は山本真吾という人のインタビューからなるものだ。
インタビューに答える形で、本多猪四郎が自分の生まれから現在に至るまでを語っている。
「ゴジラのトランク」で感じたように非常に実直な人という印象だった。
ということで、まっとうな返答が多く、日本特撮映画に特に思い入れのない私としては、正直、読んでいて興味を引かれるところはあまり多くなかった。
上記2つの私の疑問に関してはこんな言葉を残している。
東宝(PCL)の後輩でもある黒澤「野良犬」の助監督についたことについて
だから「野良犬」では、クロさんの助監督となってやっているけど、ぼくは監督、助監督というような考え方だけじゃなしに、同じ考え方で映画を作る同志として、何の抵抗もなしに、作品を作る現場での情熱を燃やしたわけですよ。(P59)
晩年での黒澤監督への協力についは
- 最近は黒澤明さんとの仕事をなさってますが、結局は気が合っているという……。
そうなんですよ、気があったんですよ。
クロさん(黒澤明)は、まだ脚は丈夫だし、走ったりするけど、キャメラを三台同時に回すでしょ。だからぼくがBキャメラについたり、Cキャメラを見たり。(P197)
- 助監督として本多さんがクレジットされているというのは不思議な感じがします。
これはクロさんとぼくの納得でね。ぼくは納得しているし、クロさんも納得してるからやるんであって、それがどういう関係であるとか、これは仕様がない。
監督は一人でいいんだからね。ぼくはクロさんのあくまでもアドバイス的なかたちだしね。(中略)ちょっと困ったときにぼくに相談することもあるし、それに対してぼくが意見をいうというね。そういう関係ですよ。助監督がどうなんていう、そんな問題じゃないんで……。(中略)クロさんもぼくがいた方が、お互いに話しながらやった方が気持ちの上で休まるかもしれないしね。少なくとも、ぼくがいる方がプラスだと思うから一緒にやろうって言ってるんだから。ぼくはぼくなりに、クロさんの仕事でいろんなことをやるし、スタッフの一員としてなんでもやるしね。
- 黒澤さんとの交流は昔とちっとも変わらないわけですね。
それは昔の気持ちのままですよ。これは助監督の頃から同じでね。作品を納得し、いい作品と思うものに関しては、ぼくの立場がどういう形であったかじゃなくて、こっちとむこうで「やろうじゃないか」「やってくれるか?」「オレやりたいね」「じゃやろう」ということで成り立つことでね。これに関しては昔の気持ちとちっとも変わりないわけですよ。(P199)
「野良犬」から晩年の作品に至るまで、一貫している本多の姿勢に感心した。まあ、「ゴジラ」の監督として功成り名遂げた自負があってのことではあると思うが。
怪獣映画を撮るときに“子供向けの映画を撮る”という意識は持っていなかったようだ。
どうせ正月休みとか、そういうところでやるんだし、見に来るのは小さい子供なんだから、それが一番喜んでくれるのが大事なんだからって。
ぼくは、これに関しては、一貫して持っているのはそうじゃないんですよ。そういうふうな分け方の作品というのは、いらんていうんですよ、ぼくは。それはやっぱりね、大人が観ても一応は納得できる形のもので作らないと子供のほうが先に見抜いちゃうというのがぼくの考え方なんですよ。純粋な目でスクリーンに向かうとね、大人が考えているよりも子供の方が作者の態度を見抜いちゃうというね。
ぼく自身が大人なんだからね。大人の考えで作っていって、それだから、子供にはない世界が展開するんだからいいんで、大人が子供の世界を想像して作ったって、子供はちっとも面白がりはしないんじゃないかというのが、ぼくの、こういう作品に対する演出の根底だったんですけどね。
こういう意識で臨んでいたから、私と同世代の人間には東宝特撮映画に入れ込んで深く影響を受けた人間が少なからずいるのだろう。
これは円谷英二の力だけによるものではない。“大人も納得できるような”特撮映画を演出し続けた本多によるところも大きいと思う。
この本を読んでそんなことを思った。