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映像、書物、音楽などについての感想

三浦しをんの小説「まほろ駅前狂騒曲」

三浦しをん 小説 映画 書籍

 

まほろ駅前狂騒曲

まほろ駅前狂騒曲

 

後半の展開は映画版とは違う

まほろ駅前番外地」に続きシリーズ3冊目となる長編。

A5判で468ページ、週刊文春に2010年10月28日号から2011年9月15日号にかけて連載されていたとのこと。

いままでの2冊は中編集だったので、今回が初の長編となる。

 

三浦しをんという人は長編の場合はスロースターターという印象がある。

直近で読んだ「番外地」が非常にテンポのよいものだったので、読み始めはアレレという感じがあったが、読み進めるにつれて作品世界に入り込むことができた。

 

実はこの作品、映画をすでに見ていた。 

 

映画版は前半は非常にいい感じなのだが、後半になってどういう事情かストーリー上の“暴走”が始まり、最後は結構残念な仕上がりになっていた印象があった。

原作の小説がどうなのか気になっていた。

三浦しをんだし、あの展開はないだろうなと思っていたが、やはり小説版は映画版のようなことはなかった。

 

映画版での暴走というのは、 麿赤兒演じる多田の雇い主である岡老人がバスジャックをするというくだりだ。

映画では、岡のバスジャックが本格的なバスジャック事件となり、警察が出動し、“犯罪”と化してしまう。

老人たちによるバスジャック事件が犯罪と化す過程の描写に説得力がまるでない。

ドラマが空回りし、麿赤兒が熱演するほどにどう取っていいのかわからず困惑した。

そのバスジャック事件に至る過程も非常に唐突で、結末もリアリティがなく、ものすごく違和感を覚えた。

まるで、何かの事情でこのような展開になったのではないか、とか勘ぐらせるくらいに。

バスジャックでの滑稽な展開さえなければ、第1作の世界を踏襲しながら、いい感じに仕上がったと思うのでそのことが残念だった。

 

原作を読むとやはり映画版とは違っていた。

岡らのバスジャックは“犯罪”ではなく、老人たちの遊戯的なものとして描かれていた。

読んでいる際に違和感はまったく感じなかった。

 

この作品での登場人物それぞれの事情、事件を並行的に描写しながら物語を進めていく手法は三浦しをん作品ではあまり読んだ記憶がない(未確認です)。

・行天の娘を預かることになっての騒動

・行天の過去

・無農薬野菜を栽培する新興宗教団体の残党

・多田の恋

まほろの新興やくざ星らの動き

・バス間引き運転を疑い憤る岡老人

etc.

といった第2作「まほろ駅前番外地」でそれぞれ描かれた人々の物語を長編にうまく集約して読ませどころもたっぷりだ。

1、2作を読んだほうが、楽しめる長編だと思う。

 

ラスト、再び失踪した行天が多田のテナントの隣に探偵事務所を開くという展開は、ドラマにあるようなちょっとお約束的な結末という気もする。

だが、このお約束も読んでいて楽しい。

 

今度は行天が主人公になった「まほろ駅前探偵事務所」を読んでみたい。

3冊読んだが、行天のキャラクターはかなり魅力的になってきたと思う。

恐らく、作者もお気に入りなのではないだろうか。

 

このシリーズ、作品世界と登場人物は魅力的なので、さらに書き進めてほしいです。

 

追記:

すでに行天の探偵もののテスト版は書いていたようでした。

失礼しました。

 「サイドストーリーズ」に1話収録されているようでした。