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平野啓一郎の小説「空白を満たしなさい」

平野啓一郎の「ドーン」を読んだ勢いで、同じ作家の「空白を満たしなさい」を読んでみた。

ドーン (講談社文庫)

ドーン (講談社文庫)

まず、タイトルの「空白を満たしなさい」という謎めいた言葉、文庫版のゴッホの自画像に興味を引かれた。

読むまでは知らなかったのだが、この作品も「ドーン」と同様に分人主義(ディヴィジュアリズム)をモチーフとした小説だった。
作品についての事前情報は何もなしで読んだ。

文庫版の裏表紙の概略は以下のとおり。

前編
ある夜、勤務先の会議室で目醒めた土屋徹生は、帰宅後、妻から「あなたは3年前に死んだはず」と告げられる。死因は「自殺」。家族はそのため心に深い傷を負っていた。しかし、息子が生まれ、仕事も順調だった当時、自殺する理由などない徹生は、殺されたのではと疑う。そして浮かび上がる犯人の記憶……。

後編
全国で生き返る「復生者」たち。その集会に参加した徹生は、自らの死についての衝撃的な真相を知る。すべての謎が解き明かされ、ようやく家族に訪れた幸福。しかし、彼にはやり残したことがあった……。生と死の狭間で「自分とは何か?」という根源的な問いを追究し、「分人」という思想が結実する感動長編。

死んだ人間が生き返るという設定を知らずに読んだので、主人公が3年前に死んでいた、それが生き返ったということを読み進めながら知った。

冒頭の部分から、主人公が生き返った人間であることが明らかになっていく過程の描写が見事だ。
そして、死ぬまぎわの記憶がないため、自殺とされた死因を主人公が認めず、犯人を捜していくという過程もサスペンスの妙味がある。


「ドーン」と同様、飽きさせずに読ませる工夫をしているので、今回も止まることなく読み終えた。
ただ、クライマックスの部分のカタルシスが大人しいものになるのが、個人的には残念である。
もっと振り切れたものを読んでみたいのだが、抑制の効いたものを書く人なので、それを望むのは難しいのかもしれない。

ゴッホの自画像を使っていたのは、本文中でその言及があったからだった。
さまざまな自画像を残しているゴッホについて、その自画像からゴッホを分人主義の視点から解説している箇所があった。

「死んだ人が残すもの」に関して5つの分類というものがあり、
・記憶
・記録
・遺品
・遺伝子
・影響
があると主人公が語る場面がある。
このあたり、なかなか興味深いものがあった。

簡単な感想メモだが、以上。