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半藤一利、出口治明が日本史について語った放談録「世界史としての日本史」

 至極まっとうだが、身も蓋もないともいえる歴史観が展開

世界史としての日本史 (小学館新書)
 

 文藝春秋社出身で作家の半藤一利、ビジネスマンでいながら歴史に対する知見を買われ、いくつもの著作をなしている出口治明の対談の模様を収録した新書版書籍。

ふたりが「テーマは第二次大戦を中心に、世界史としての日本史ではいかがですか」(P10 まえがき)というオファーに応じて対談したものだ。

2016年8月6日発行。
ちなみに発行時点で半藤一利は86歳、出口治明は68歳である。

表紙カバー内側には以下のような言葉。

近年メディアを席巻する"日本特殊論"。しかし、日本は本当に特別な国なのか。世界史のなかに日本史を位置づければ、本当の歴史と日本人の姿が浮かび上がる。作家・半藤一利ライフネット生命保険代表取締役会長兼CEO出口治明。日本史と世界史に圧倒的教養を誇る二人が初めて対談、既存の歴史観を覆し、今なすべきことを語り尽くした。


章立てはこんな感じ

第一章 日本は特別な国という思い込みを捨てろ

第二章 なぜ戦争の歴史から目を背けるのか

第三章 日本が負けた真の理由

第四章 アメリカを通してしか世界を見ない危険性

第五章 世界のなかの日本を知るためのブックガイド

第五章 日本人はいつから教養を失ったのか


ここで2人が一貫して語り続けている主張は非常に明快だ。
ものすごく簡単に言ってしまうと、この本は
単眼的な自虐史観でもなく自尊史観でもない複眼的な広がりのある歴史認識を持つことの必要性を訴えた内容ということになるのだろう。

第一章「日本は特別な国という思い込みを捨てろ」の「日本は集会遅れの国だった」の冒頭で、2人は以下のように語り合う。

半藤 最近、というかこの4、5年ずっと新聞やテレビ、書籍、雑誌などのメディアを眺めていますと、「世界はニッポンに驚嘆している」とか、「日本はここがすごい」とか、日本は特別な国であるかのように語る日本特殊論をけっこう目にするようになっています。
出口 政府がよく使っている「クールジャパン」という言葉も、そう言えば何か自画自賛的なニュアンスのある言葉ですね。
半藤 伝統と文化がとうとか、技術が世界一だとか、美しい日本だとか、こういう話ばかり聞かされているので、日本はずっと世界をリードしてきた国であるかのように考えている人がけっこういるんじゃないんですかね。しかし、世界史のなかに日本の歴史をきちんと位置付けた場合、そんなに日本てすごい国だったのだろうかと思うんですよね。
出口 おっしゃる通りです。(P18)

そして2人は日本に広がっている自国認識として、敗戦後の自虐史観がいまは自尊史観に代わっていることを指摘する。
こんな感じである。

出口 戦後の日本特殊論は、「日本はここがおかしい」「世界に遅れている」などと、はやりの言葉を使えば、自虐的に語るものが多かったのですが、今は逆で、「日本の技術はこんなにすごい」とか「日本の歴史は素晴らしい」とか、自尊の方向に向かうものが多くなりました。
これを自虐史観との対比で、自尊史観と呼ぶとすれば、自尊史観は自虐史観の裏返しにすぎないと思います。(P54)

(中略)

半藤 終戦当時を知る人は減ってきていますが、敗戦国家になったというのは、正直言えば、子供ながら、日本の歴史が始まっていらいの大事件、不祥事だと思っていましたからね。当時の大人たちの間には、とんでもないことをしでかしたという思いがあったのだと思います。その結果なんでしょうが、戦後に出てきた左翼の人たちが書いたものを大学に入ってから読んだら、ちょっとこれは書きすぎなんじゃないのかと思うような、いささか極論ともいえる自虐史観でしたよ。
しかもそれがジャーナリズムを席巻しましたからね。
出口 その振り子が今は反対側に揺れているのですね。(P56)

まったくおっしゃることは至極もっともなことと読んだ。

対談でもあり非常に軽く読める本だった。行きかえりの電車でほぼ読んでしまった。編集者として司馬遼太郎とも交流があった新藤氏が語る「坂の上の雲」が日本人に与えた歴史観における影響など興味深い点もいくつかあつた。

ただ、読み応えという点では軽い印象はあった。

「世界のなかの日本を知るための本」としてお2人が書籍を推薦しているので、その導入として読むのにいい本なのかもしれない。
半藤、出口の歴史に関する著作はこれからいくつか読んでいこうかと思う。