見て読んで聴いて書く

映像、書物、音楽などについての感想

高橋咲「15歳 天井桟敷物語」

ジュリアン・コープ「ジャップロック・サンプラー」に
天井桟敷に在籍していた女性が書いた劇団初期の実情を書いた本との説明があり、
ちょっと興味を抱いたので読んでみた。

読んでみると、天井桟敷初期というわけでなく、むしろ中期というべき時期のものだった。

'71年から'73年までの劇団でのようすが、
15歳で入団した高橋咲という女性の目線によって書かれている。
この本の発行日は'98年の8月。
この著者は、27年前の体験を40歳過ぎてから発表したようだ。
15〜17歳の少女の目から見たものとして。

40歳を過ぎて15歳のころを思い起こすとなると、私などは霧の彼方という感じだが、
著者が、昨日のことのように当時のことを瑞々しくリアルに書いているのに驚いた。
15歳で天井桟敷に入るくらいだからよっぽどしっかりしていたのだろう。
ただ、事実関係についてはさすがに?な部分もおそらくあると思われる。
25年以上昔のことなのだから。記憶についても著者の主観が入っていることは否めないだろう。
そのあたりを踏まえてタイトルに“物語”がついているのだろうと思った。

文章はテンポよく達者な筆致なので、
小説を読むようにすらすらとページをめくることができた。
とはいえ読み進めていくとあれあれという感じになる。

というのも、
実はこの本には劇団・天井桟敷の在り方や寺山修司の演劇観といったものはほとんど書かれていない。
さらに著者が実はそういうものにはあまり興味がなかったということも読んでいてわかってくる。

ここで書かれているのは結局何かというと、
劇団内外で著者の周囲で繰り広げられた人間関係、色恋沙汰ということになるのだろう。
さらに、登場人物はすべて実名で出るのだが、4半世紀前のこととはいえ、
ここまで書いていいのかと思えるほど、劇団関係者のプライベートなことが赤裸々に書かれているのに驚いた。

そしてその目線は15歳とは思えないほどクールで辛辣だ。悪く言えば、唯我独尊的な。
ここで印象的に描かれているのはJ・A・シーザーと蘭妖子のキャラクターだ。

シーザーのモテ男ぶりがすごい。実際のところはわからないが、
著者の描くところによるシーザーの魅力は世の中のほとんどの女性を落としてしまうくらいの勢いだ。
海外公演をすれば、外国の舞台女優と恋に落ち、彼を慕って来日してしまう女性が複数登場してくる。
もちろん著者もシーザーを慕っている。それがこの物語の軸である。

国境巡礼歌 完全盤

国境巡礼歌 完全盤

↑このジャケット写真の人がシーザー

さらに蘭妖子はお人よしで一方通行な恋に殉ずる、恋愛下手な女性として登場。

少女から見るにしては年長者を随分上から目線で描いている印象だ。とはいえ、偉そうな感じではないが。

結局、この“物語”、序盤から中盤まではある種の青春ものとして楽しめたのだが、
中盤以降、物語として読むには盛り上がりはなく、逆に劇団に対して冷めていく模様が描かれ、
ちょっと肩透かしな印象だ。

結局、天井桟敷を通り過ぎていった少女の、劇団をちょっと突き放した視点から主観的に書いた回想録
といったものになるのだろうか。

煎じ詰めて言えば、
初めは珍しいことやカッコいい男でドキドキしていたけど、結局ちょっと違うなあ。
そのうち見てくれは好みじゃないけど、私のことを愛してくれる中年やくざの男も現れたし。
さよなら「天井桟敷」。
私は別の道を行くわ。
という本だった。

著者にべた惚れとなる中年やくざの男として、安部さんという、
どうみても安部譲二にしか思えない男性が登場、著者との関係が描かれる。

この安部さん、'70年代初期に海外公演中のアムステルダムまで著者に会うために来てくれるのだからすごい。
安部さんとのプライベートをここまでストレートに書いていいのだろうか、とか思った。

ラストはその安部さんの愛にほだされて著者が天井桟敷を去る、という感じで終わる。
細かな事実関係についてはよくわからないが、
読みものとしては楽しく読めた。

少女の恋の遍歴。
天井桟敷(シーザー)→安部さん
のお話ですかね。
寺山修司についての突っ込んだ描写、視点はまったくありません。
著者に恋慕する変な男の人として描かれている森崎偏陸は寺山の死後、戸籍上寺山の弟となった人だと読んだ後で知った。

渋谷公会堂での「邪宗門」の公演、海外公演の描写は臨場感があってよかった。
[asin:4309012299:detail]

「ジャップロックサンプラー」によると著者とシーザーの関係についてはこのように語られている。
P264 「寺山の誘いは、監督一流の理論に基づくものだったとシーザーが知るのは、ずいぶんとたってからのことだ〜しかし一連の符号は、シーザーが天井桟敷の女優兼作家、高橋咲に心を惹かれたことで完結を見る。というのも彼女は静岡時代の“ヤクザ”仲間、元スカウトマンの安部譲二に求愛されていたのである。安部自身もまた、作家と俳優になるという、自分自身の夢を叶えようとしている最中だった」
この部分、事実関係については無茶苦茶かつ意味不明だが、なぜシーザーの章に安部譲二という名前が書かれていたのか、この本を読んで理由がよくわかった。
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20110914/1315967133

→追記(09/30)
著者はほかに、自伝的な小説として「本牧ドール」「素敵なあいつ」という作品を書いているようだ。
安部さんとのその後とかに興味があれば読むのかもしれないが、私はほかに読みたいものがあるので、
遠慮しておく。
いつか機会があれば読むことが、あるかもしれない。

本牧ドール

本牧ドール

素敵なあいつ

素敵なあいつ

※高橋咲「15歳 天井桟敷物語」は現在、廃刊となっているようだ。
もしかすると関係者から申し立てがあったのかもしれない。