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近田春夫「僕の読書感想文」

僕の読書感想文

僕の読書感想文

私の心の師ともいえる存在の1人、近田春夫による書評集。
家庭画報」に'98年から'08年までに毎月連載していたものをまとめたもの。
この書籍では3ページに1回分(あとがきによると400字詰め3枚とのこと)で計121回分を掲載している。

タイトルからなんとなく読まずにきてしまったことを後悔した。
素晴らしい内容である。
近田春夫を知らない人にも勧められるものになっている。

思いもつかないバラエティーに富んだ本のセレクトのセンス、文章で展開する切り口、そして何よりも文章からうかがえる近田の立ち居地がいい。

400字詰め3枚で月に1回という連載は近田に向いていたのかもしれない。

そしてこの連載は近田にとっても大きな経験だったのではないだろうか。
10年間、毎月最低1冊の本を書評のためにと意識して読み、それを文章にまとめるということは相当な知的トレーニングになったのだろうとこの本を読み進めていて強く感じた。

近田にこの連載を勧めたのはマガジンハウス(平凡出版)のいくつかの雑誌に関わってきた三宅菊子というエッセイスト、編集者の女性だそうだ。
高校時代、近田は雑誌「anan」の創刊前に市場調査的に作られた「平凡パンチ女性版」なる雑誌を読み、そのビジュアル・センスと内容に衝撃を受けたという。
そして、誌面にあった「スタッフ急募」の文字を見て応募し、その後アルバイトとして「anan」編集部で1年ほど働いていたという。
そのときからの縁らしい。
そのせいかわからないが、今回のセレクトにはマガジンハウス関連の書籍がいくつかある。

部屋の本棚を見るとそこに住む人間の嗜好性がわかるが、ここに並ぶ121冊+α(1回で2冊紹介していることもある)の並びはなかなかの壮観だ。

音楽関係では照屋林助の自伝、武満徹著作中原昌也の小説、平岡正明中村とうようの評論集、バンド・じゃがたらの評伝、サン・ラーの評伝、クラシック音楽の歴史を独自の視点で解いた岡田暁生西洋音楽史」、さらにタコのメンバーだった隅田川乱一ムッシュかまやつ湯川れい子執筆によるものなどなど。トランス、レイヴについての書籍も取り上げている。

接点のなかったタコについて「日本ロック史上でも意味のあるバンド」(P205)と評価していたのが意外だった。リアルタイムではタコのようなバンドを近田はまったく話題にしていなかったと思うのだが。ビブラストーン時代にOTOあたりから知ったのだろうか。

また、SF関係が多いのもうれしい。特にフィリップ・K・ディックは好きなようで何度も言及している。
訳者も浅倉久志でなく、飯田隆昭を高く買っているのにも驚いた。当時は悪訳と称されることもあったのに近田はディックの独自の魅力を“わかっていた”のだ。
私自身が少年時代にSF好きでサンリオSF文庫も読んでいた世代でもあり、このあたりは共感しながら読めた。

飯田、ディックについてはこんな風に書かれている。
「私にとって飯田隆昭は特別な存在だ。何となれば、氏の訳によって私はP・K・ディックに開眼した。それは常に、翻訳を超えてすぐれたディック論だった。もし彼の訳したものに巡り合わなければ、ディックの持つ特異な魅力に気付くことはなかったと思う。ある意味では端正さに欠ける翻訳文が、逆にストーリーの奥にある作家そのものの持つ命のようなものをあぶり出してみせてくれた、といってもよい。ディックはプロットやストーリーではない。そこににじむ、ディックそのものの人間の面白さが価値なのだ、と教えてくれたのが飯田隆昭だった」(P84 トム・ウルフ「クール・クール LSD交感テスト」の紹介文。飯田が翻訳している)

そしてディックの作品については受け取り方によっては「出来の悪いB級SFそのものの印象しか受けないだろう。実際そうした側面のあるのもたしかなのだ」(P184「あなたをつくります」の書評)と語り、
「ディックに何より惹かれるのは、その描く世界の質感が独特だからである。それはSFだろうとノンSFの作品だろうと変わらない。何かがズレている。ひとつには登場人物たちの思考や行動がビミョーに神経的に病んでいるように思えることが、その原因だろうが、何ともいえず深刻なユーモアがどの作品にもルーズに空気のようにただよっているのだ。
それとSFでは一種エセ科学的なもっともらしさというものが必ず求められる訳だが、ディックはそっち方面のセンスがでたらめで、この本にしても、そんなイージーな作り方の模造人間など、誰が見たって本物の人間に思えるハズもないシロモノが、堂々と食事をしたり演説をしたりするのである。
そんなバカバカしさに、妙なシリアスなテーマがからむ。しかもバランス悪く。それでいつ読んでもしっくり来ない感じが残る、そのしっくりこない感じのなかに、他のSF作家には絶対に出し得ない味があるのだと思う」
としている。少年時代にディックを読みふけった私は、この近田の言葉に非常に納得がいった。

後ではてなキーワードをたまたま見たら、近田が飯田の翻訳を高く評価していることがすでに書かれてあった。

そして岡本太郎関連の書籍も複数ある。
興味深い部分を引用するときりがないので、この辺で終えるが、近田春夫という人物に多少なりとも興味を抱いてる人なら読めば満足できる内容だと思う。
さらにいえば近田春夫という人間を知らない人が読んでも楽しめる内容になっている。
1回で3ページなので気軽に読める。
そして誰が読んでもどこかに“目からうろこが取れる”指摘があると思う。