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稲岡邦彌「ECMの真実  増補改訂版」 

増補改訂版 ECMの真実

増補改訂版 ECMの真実

ドイツのジャズ・レーベル、ECMの足跡を追った本。
同じ著者は「ECM catalog 」というものも刊行している。こちらは未見。

ECMについての説明はここでは省く。

ページをめくると本の扉に1ページを使ったマンフレート・アイヒャーのポートレートが載っている。
写真下には「ECMの総帥マンフレート・アイヒャー。ECMのすべては、彼の知性と感性の所産である」とキャプションがついている。続くページにチック・コリアラルフ・タウナーキース・ジャレットゲイリー・バートンエグベルト・ジスモンチヤン・ガルバレク、ジョン・アーバークロンビー、パット・メセニー・グループミロスラフ・ヴィトウスゲイリー・ピーコックジャック・ディジョネットとECMを代表する(した)ミュージシャンの写真が並んでいる。

この写真の並びでわかるように、この本は、マンフレート・アイヒャーというレーベル・オーナーでプロデューサーでもある人物を通して、ECMの足跡と契約アーチストの紹介をしたものだ。

著者はかつて日本に存在していたレコード会社、トリオ・レコードで、日本でのECMレーベルのマネジャーをしていた人物。
アイヒャーとも'70年代から長年の交流がある。

今回読んだのは、2009年5月に出版された増補改訂版である。
実は2001年に出版された版は気になる部分しか読んでいなかったので、今回初めて全編読み通した。
2001年版と増補改訂版は表紙の色が違っている。

ECMの真実

ECMの真実

目次は以下の通り。

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増補改訂版によせて
巻頭に寄せて マンフレート・アイヒャー
第1部 ECMの軌跡
第1章 トーチを受けて(黎明期)
リンダウ、ベルリン、ミュンヘン
マル・ウォルドン
ディストリビューション
ポール・ブレイ
初プロデュース

第2章 異端としての出発(1970年代)
ヤン・ガルバレク
ヤン・エリック・コングスハウク
デイヴ・ホランド
チック・コリア
独占契約
アンソロジー
デイヴ・リーブマン
ジョン・アバークロンビー
キース・ジャレット
スタンダーズ

第3章 新たな挑戦(1980年代)
アート・アンサンブル・オブ・シカゴ
ジャック・デョジョネット
フォト・セッション
契約終了
コリン・ウォルコット
ドン・チェリー
ニュー・シリーズ
パット・メセニー

第4章 メディアを超えて(1990年代)
ECMと映画
「レインボー・ロータス

第5章 創立四十周年を迎えて(2000年以降)
オスロの虹
ECMと日本(日本人)
ニュー・シリーズを総括する
創立四十周年を迎えて

第2部 ECMの伝説
ECM関わってきたミュージシャン、スタッフ、ライターによるECM、アイヒャーに関するコメント集。41人分。

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で、読んだ感想メモ。

キース・ジャレット、アート・アンサンブル・オブ・シカゴ、パット・メセニーに関する部分が私にとっては読みどころだった。特に、キースの日本でのソロ・コンサート・ツアーの模様を収録したLP10枚組のアルバム「サンベア・コンサート」制作の部分が興味深く読めた。
このアルバムの企画を立て、アイヒャーに提案したのは著者だそうだ。

この本を読んだことを機に、CDでも6枚組になる「サンベア・コンサート」を聴いている。
やっと俯瞰して、このアルバムの全体像が聴けるようになってきた気がする。
ある程度感想がまとまったらメモを残してみたい。

◆ほかには、アイヒャーが映画好きで、ジャン・リュック・ゴダールにアプローチをしてECMの音源を映像用に提供しているくだりも興味深かった。

◆ドイツ映画「マーサの幸せレシピ」の音楽プロデューサー(imdbではmusic consultant)はアイヒャーで、劇中にキース・ジャレットアルヴォ・ペルトの音楽が使われている。ちなみにハリウッドではキャサリン・ゼタ・ジョーンズ主演で「幸せのレシピ」としてリメークされた。なぜかフィリップ・グラスが音楽担当。

◆ジャーマン・ロックの話題が出るとは思っていなかったが、「ドイツ・プログレッシブ・ロックの覇者『カン』のエンジニア、コニー・プランクのスタジオで」(P18)という文章が出てちょっと驚いた。
ただ、トリオ・レコードについての記述で、「日本初のインディ・レーベル『パス』を立ち上げ、Phew、坂本龍一フリクションなどの参加でオルタナティブ・ロックの先陣を切った」を読んで合点がいった。
このあたりのつながりでコニー・プランクのことを知っていたのだろう。
Phewのパスから出たアルバムは、コニー・プランクのスタジオで録音されたものだからだ。
パスを出していたのはトリオ・レコードだったことを忘れていた。
ラフ・トレードの日本版を出していた徳間ジャパンと、いつのまにか思っていた。

◆個人的には、エバーハルト・ウェーバーについてもう少し触れてほしかった。「エバーハルト・ウェーバーはECMが採り上げる数少ないドイツ人アーチストのひとりとして、さまざまなアルバムに名を連ねることになる」(P18)。この程度の記述にとどまっている。

ノルウェーのギタリスト、テリエ・リピダルについては著者は“テリエ・リプダル”と表記している。これはアイヒャーが実際に発音したのを確認したとのことなので、本来は著者の表記が正しいと思われます。ピとプの違いなので微妙なところですが……


あと、人名索引はあってもよかった気はする。

とはいえ、著者の、音楽を通じてのECMのアーチスト、アイヒャーへの愛情が感じられる好著になっていると思う。
楽しく読むことができた。

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アマゾンのレビューでは「増補改訂版」について癖のある人が、一方的にこき下ろした文章を載せている。あれは労力を掛けて書いた人間に対して失礼というものだ。ほんの1エピソードについて知っているからといって、全体を非難しているのだから。
著者はアイヒャーと長年、直接の交流があった。それだけで読む価値のある本になっていると私は思う。