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ジュノ・ディアス「オスカー・ワオの短く凄まじい人生」

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

オスカー・ワオの短く凄まじい人生 (新潮クレスト・ブックス)

あまりまとまっていない断片的な感想メモ。

オタクmeetsラテン・アメリカ文学の“マジック・リアリズム
そんな紹介のされたかをしていた小説。

ストーリー内容は全く知らずに読んだ。

実はガルシア・マルケスに代表されるような“豊穣なラテン・アメリカ文学”みたいなものはあまり得意ではない。
ごちゃっと塗りたくるように書かれているので、登場人物やその関係がわかりずらく読み進めていくうちにわけがわからなくなってしまい、集中力が落ちるといつのまにか「あれこの名前の男は何者だっけ」みたいになってしまう。

ではあるのだが、この小説でアメリカにおけるオタクというものがどう描かれているのかに興味があり読んでみることにしたのだ。

タイトルに“オスカー・ワオの”とあるので、オタクの主人公が出ずっぱりで活躍する話と思っていたのだが、そういうものではなかった。
主人公はドミニカに出自をもつオスカーという青年。物語はアメリカで暮らすオスカーから始まり、その姉、友人、そしてドミニカでの親の世代へと広がっていく。

ドミニカという中米カリブ海にある島国の住民がスペインに支配され、そして独立後は独裁者に虐げられ続けてきた歴史を、ある一族の歴史とともに描いた小説だった。

そこで象徴的存在として描かれているのはドミニカ共和国を1930年から30年間支配、国家を私物化したトルヒーヨという独裁者の存在。

ただ、トルヒーヨのことも知らなかった私の力量では、1回読んだだけでこの小説の評価はできない感じである。

ただ言えるのは、とても不思議な小説ということ。
正直前半はあまり乗らずに読んでいたのだが、オスカーの母が主人公となる章あたりから面白くなる。オスカーの最期に至る流れは独特の余韻を残す。そのあたりは素晴らしい。

何回も読むとその面白さは増す小説なのではないだろうか。ごちゃっとしているようで実は構成もすごく考えられていると思える。
各章には“第1章 世界の終わりとゲットーのオタク 1974−1987”というようにちゃんと年号まで振られている。

図書館で借りて読んだのだが、文庫が出たら買って読み直してみたいと思った。

読了したときの印象は、虐げられてきた者を描く(スペイン、独裁者に虐げられたドミニカの住民→太ったオタクとして虐げられる主人公)話であり、そこに“想像・妄想する→物語を作る”ということが絡む話のように思えた。
ただ、いまだに頭の中でまとまらない。

拙いが以上が全体に関しての感想だ。説明するのが難しい小説だ。書くときりがないので、この辺にしておく。

細部に関して興味深かった点を以下、列挙する。

◆訳者あとがきにもあったが、主人公オスカーはナード(Nerd)であり、日本のオタクとは若干違う嗜好性があるようだ。オスカーは「AKIRA」「キャプテンハーロック」といった日本のアニメを好むが、興味の範囲はもっと広い。
オスカーはコミック、アニメ、SF小説ファンタジー小説だけでなく、ニュー・オーダー、ジョイ・ディヴィジョンといったロックも好んで聴く。そしてロール・プレイング・ゲームも。
そのあたりで、オスカーはオタクというよりは“サブカル”青年といっていい感じだ。ただ、ものすごく太っていてルックスは悪い。
訳者はジョックスというナードと対照的な存在を挙げてオスカーのキャラクター、集団社会における位置を説明している。
ジョックスとはスポーツ万能、容姿端麗、男性中心主義という、映画におけるアメフト部の人気者みたいな存在のことである。
訳者によるとジョックスはアメリカのハイスクールにおけるスクールカーストの最上位を占める。そして下層にいるのがナードだという。
「(ナードは)内向的でパッとせず、空気を読めず、他人の感情に配慮できずにコミュニケーションが下手、だがスポーツ以外の知識に対する意欲は旺盛、という彼らの性格付けを知らないと、なぜオスカーが究極の非モテキャラに設定されているかは理解できない。そしてナードにはSF・アニメ・特撮ファンだけでなく、ガリ勉、パソコンマニア、ロックファン、ゴスまで全て含まれるというからアメリカは恐ろしい」(P411)
ここまで広くナードが含まれるのか実際のところを私は知らないが、ナード=オタクでないことは間違いないようだ。

ちなみにこの小説ではオスカーはギーク(geek)ではないようだ。

◆小説の中で、パナマの伝説的プロボクサーのロベルト・デュランが「もうたくさんだ」と試合を放棄したことを引用するシーンがある。訳者による説明に、「ある試合で」としか書いていなかった。シュガー・レイ・レナードとの有名な再戦ですよこれ! 「ある試合」はないでしょう。訳者がボクシングにまったく興味がないということがよくわかった。訳者もナードなのだろうか。