見て読んで聴いて書く

映像、書物、音楽などについての感想

乾緑郎の小説「完全なる首長竜の日」

黒沢清監督による新作の原作ということでこの作品を知った。
ブレイン・マシン・インターフェイスを使った話ということに興味を持ち読んでみることにした。
テクノロジーがかつてのSFにあった設定を実現しつつある現在、ブレイン・マシン・インターフェイスのアイデアを使った小説、漫画、映画には近年興味があるのだ。

ウィキペディアによるブレイン・マイン・インターフェイスの記述。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%9E%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%95%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B9

文庫本裏表紙の紹介文はこんな感じ。

第9回『このミス』大賞受賞作品。植物状態になった患者とコミュニケートできる医療器具「SCインターフェース」が開発された。少女漫画家の淳美は、自殺未遂により意識不明の弟の浩市と対話を続ける。「なぜ自殺を図ったのか」という淳美の問いに浩市は答えることなく月日はすぎていた。弟の記憶を探るうち、淳美の周囲で不可思議な出来事が起こり―

読んだ感想としてはこの紹介文、ちょっとニュアンスが違うな、と思う。
紹介文にあるように、何がどうしてこうなるという理路整然とした展開では書かれていない。視覚的なイメージが先行して話が進んでいく小説だった。状況は描写から徐々に浮かびあがり、物語の進行とともにあいまいに拡散していく。

で、読んだ感想メモ。
内省的な作品なのでドラマチックな起伏はない。
簡潔だが読んでいて“絵”が浮かびやすい文章が印象的だった。
平板ともいえる話だが、唐突なシーンの切り替えのショックでダレ場を抑え、“胡蝶の夢”の展開にいざなう流れは読んでいて心地よかった。

ただ、この作品はミステリーでなくSFだと思う。
今は、SFでは引きが弱いので、こういうものもミステリーのくくりに入れてしまうという時代ということなのだろうか。
ただ、ミステリーというにしては、謎が収斂していくというより、拡散していく内容なのでやはり違和感があった。
謎解きを期待して読む話ではないと思う。
ただ、個人的には好みの話だった。

映画版は佐藤健綾瀬はるか主演で東宝配給となるメジャー作品。
それなりに話題になると予想される。
読んだ印象では視覚イメージが浮かびやすい話でもあるので、お金と技術があれば映画化しやすいようにも思える。
ただ、どのように盛り上がるドラマにできるかは脚本、監督の志向、手腕によるところが大きいかもしれない。

初めは、首長竜(プレシオサウルス)というモチーフを使っていることがピンとこなかった。
タイトルにある“首長竜”という言葉も内容を予想しづらくしている。

だが、読み進めるうちに表紙に描かれているような、広大な海の中を泳ぐ巨大で奇妙な生き物というイメージが次第に膨らんできた。
そしてクライマックスのシークエンスでは、プレシオサウルスが物語の中で実際のイメージとして浮かび上がってくる。このシークエンスはかなりよかった。
ちょっと感動してしまった。

エンディングも個人的には違和感はなかった。ただ、キッチリとした落としどころを小説に求める人は違和感を抱くかもしれない。

“手術台の上のミシンとこうもり傘”ロートレアモンシュールレアリスム
サリンジャー「バナナフィッシュにうってつけの日」といった引用については、とってつけたようで、あまりうまく機能していないような気がした。

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

更新するかはわからない。