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映像、書物、音楽などについての感想

舟橋和郎のシナリオ創作指南書「シナリオ作法四十八章」

シナリオ作法四十八章

シナリオ作法四十八章

シナリオ作家協会系の映人社が、’85年に出版したものを、B5版形ムック形式の月刊ドラマの別冊として復刊したもの。
1490円という比較的手に入れやすい価格で復刊したということは、それなりに人気があり評価も高かった書籍だったということだろう。
実は私もこの本は既に読んでいる。図書館で借りて読んだのだが、なかなか面白くメモも取った。
価格も手ごろだったので、今回購入した。

以前残したメモを使って簡単な感想をここに残す。

この本は、新井一の「シナリオの基礎技術」と親和性の高いシナリオ指南書だ。

シナリオの基礎技術

シナリオの基礎技術

両者ともに旧世代の人間であるから、というのもあるが、抽象論、概念から入るのでなく、あくまでも具体的事象、ポイントからシナリオの書き方を指南している点に共通性がある。
その点、旧世代でありながら、抽象的思考を根底に、シナリオ創作を解く川邊一外とは大きな隔たりがある。
シナリオ別冊 ストーリー工学 「物語」を「創る」

シナリオ別冊 ストーリー工学 「物語」を「創る」

そして「シナリオの基礎技術」よりは現代に近い’85年に出版されたものでもあるため、“時代”はそれほど感じさせない。
「四十八章」とあるように、48のポイントを設け、そのポイントからシナリオ創作を具体的に解説している。ファーストシーンの書きかた、シャレード、回想の使い方など「シナリオの基礎技術」にあった手法などについて補足解説となりえることが書かれてある。

以下、各章で興味深かった部分をメモしておく。

その5 モチーフをとらえよ

映像づくりの場合も、モチーフなるものは概ね音楽と同様に考えてもよいと思う。つまりこういうことは絵(映像)にしたらどうだろうか? と心中にひらめいたとする。この場合のこういうことがモチーフである。だから、ひらめきとかアイデアという言葉に置き換えても差し支えない。


その7 テーマをはっきりさせよ

「テーマとは、その作品がどういう話であるか? という問いに対して、一口で、かつ具体的な言葉で答えられるものである」


その10 人物にはっきりした性格を与えよ
この部分が面白い。

人物ノートを作るときは、当然、性格付けをするわけだが、登場人物には各々はっきりした性格を与える方がよい。このはっきりしたという意味は、その性格が観客になるべく分かりやすい明確さをもったという意味である。なにやらつかみどころのない、えたいの知れない人物にしても、そのえたいの知れない点は明確に観客に伝えられてなければならない。曖昧な性格の人間は実在する。だが、その性格付けが曖昧であってはならない。

として、著者なりにシナリオ創作に役立ちそうな性格分類について書いている。
以下、正確な引用ではないが、こんな感じで語っている。

アップフェルバッハの性格構成論によると人間の性格の基本的要素には、(1)性、(2)精神様態、(3)感動性、(4)道徳性、(5)叡智性の5要素があり、中でも(1) (2)がより基本的な要素とされている。

(1)性
・男性的性格 男らしく理知的で物事の核心に向かって努力するタイプ
・女性的性格 感情的で物事の核心よりも表面に膠着し、感覚的なものに心引かれるタイプ
このふたつの「性」タイプは同時にひとりの人間の中に共存するが、男性と女性の和は1になる。例えば男性が8割なら女性が2割というふうに。

(2)精神様態 能動性と受動性
・能動性 意志的、勇敢、精力的、進取の気性→精神的サディスト
・受動性 温良、柔和、瞑想的、しばしば不安の性格→精神的マゾヒスト
能動性、受動性もひとりの人間の中に共存するが、その和は1になる。

以上4つの複合型としては
(a)男性的・能動的
男らしい理知性と行動力を備えている
将軍、政治家、発明家、革命家、女傑、女将、統率者
(b)男性的・受動的
男らしい理知性に加えて、温良、誠実、慎重
哲学者、学者、作家、科学者、宗教家、女医、婦長
(c)女性的・能動的
女性的な感情傾向と行動性を併せ持っている
俳優、芸能人、非行少女、娼婦、警句家、虚栄家
(d)女性的・受動的
女性的やさしさに加えて、感傷的、ウエット派
抒情詩人、恋愛至上主義者、良妻賢母、耽美派芸術家、音楽家

(3)感動性 いわゆる感受性
(4)道徳性
(5)叡智性 聡明な頭脳

(a)に加味する点として道徳的に優れた人物とすると例えば日蓮上人のような人物。道徳的に劣っていると石川五右衛門のような大泥棒に。

またホフマンという学者は性格の補償ということを論じている。補償とは自分に欠けているものを補おうとして、自己の性格と矛盾する反対的性格をもとうと努力することであり、例えば、劣等感が逆の方向に、すなわち優越意識の高揚に向けられるようなケースがこれである。こうした努力が習慣になると、ひとつの性格として形成されるようになる。ホフマンはこうしてできた性格を仮性性格と名付けた。

また詫摩武俊は人間のタイプを6つに分けた。
(1)開放的で社交的なZ型(躁鬱質)
喜びや悲しみの感情を素直に表現し、ひねくれたところがない。他人とも気軽につき合っていける。陽気で明るいときと、沈んで気の重いときがある。会の世話役を苦にしない。仕事を沢山引き受ける。常識的で妥協的である。親切すぎて相手にうるさがれたりする。

(2)非社交的で生真面目なS型(分裂質)
他人と話すより一人でいたい。親しみにくい人だという印象を与える。お世話や愛想が言えず、融通がきかない。デリケートなところと鈍感なところがある。人の好き嫌いがはげしい。最初の印象でいやだなつだと思うとその人と交際できない。何かはじめる前にためらう。実行しようとするとなかなか決心がつかない。

(3)頑張り屋で頑固なE型(粘着質)
正義感が強く曲がった事に対してはきびしい。一度始めたことを粘り強くやり、熱中するとやめられない。ふだんはおとなしいが興奮すると自分が抑えられない。きれい好きで整頓や掃除を徹底的にやる。几帳面で仕事が丁寧。他人の意見になかなか同調しない。地味で義理がたい人という印象を与える。

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(4)華やかで嫉妬深いH型(顕示性)
わがままで自己本位の考え方。自分を実際以上に見せようとする。くやしがり屋で負けず嫌い。他人の意見に左右されやすい。友人の成功をねたましく思う。人の好き嫌いがはげしい。他人をあてにする。話の仕方がオーバーで、体調の悪いことなど誇張して言う。

(5)敏感で内省過剰なN型(神経質)
あれこれと迷ってなかなか決心がつかない。弱気で物ごとを悲観的に考える。他人の思惑を気にする。愚痴をこぼす。意志が弱くてすぐへこたれる。食物にゴミがついていたりすると食べられない。言うべきことも言えない。

(6)自信にあふれ自己中心的なP型(過信性)
自分なりの考えをもって他人のいいなりにならない。将来のことを強気に考える。利己的で欲が強い。他人を信用しない。仕事は他人に頼まず自分でやってしまう。自分に都合のいいように物事を考える。活動的である。他人の考えを徹底的にやっつける。友達が少なく敬遠されがちである。

私はまずはじめに、右にあげたような性格的要素の分類表を座右に置いて、主人公Xと、その対立者Yとの大ワクの性格付けをする。
次に、XとYの違いはどこにあるか、を考える。これが肝心なところである。違いがはっきりせず、あいまいであると思ったなら、XとYの性格付けをもっと明確に修正する。違いがはっきりするまでこれをやる。いい加減なところでやめてはいけない。XとYの性格の違いが明確でないということと性格が似ている事とは同一ではない。
XとYの違いをはっきりさせていくと、それによって次第にXとYの性格が粒立ってくる。
同じ作業を脇役のZとの間にも試みる。ほかの人物にも。違いを考えることで性格を粒立てる。このやり方で、私は性格設定をしてきた。


著者は旧世代のシナリオライターであるので、ユングアーキタイプの概念には馴染みがなかったようだ。そのような状況で人物のキャラクター設定で使った性格の分類の方法が書かれてある。
この分類法で登場人物の性格設定を考え、さらには周囲にいる人間の性格分類をしてみると、シナリオ創作上、非常に役立つのではないかと思った。
ここで詫摩武俊という心理学者のことを初めて私は知り、彼の著作も何作か読んだ。
読んだのは、講談社新書の「悩む性格・困らせる性格」「性格」、岩波新書の「性格はいかにつくられるか」だ。
なかなか興味深い内容だったが、特に「悩む性格、困らせる性格」が面白く、シナリオ創作をする人には役立つものではないかと思えた。

悩む性格・困らせる性格 (講談社現代新書)

悩む性格・困らせる性格 (講談社現代新書)

“悩む性格”は自罰的な性格、“困らせる性格”は他罰的な性格、周囲とトラブルを起こしがちな性格として、さまざまな性格分類を展開している。
トラブルを作る性格、周囲を困らせる性格というのはドラマには不可欠な存在だ。人物設定を考えるうえでこの本「悩む性格、困らせる性格」は役立つと思う。

詫摩武俊の説く6つの性格タイプが現実社会でわかりやすく存在していることはあまりないと思うが、韓流ドラマとかにはけっこう出てきているような気がする。
韓流ドラマは、詫摩の分類するタイプの人間を際立てて配置、そのことでドラマのメリハリをつけているような気がする。
ここで書かれている性格のキャラクターがいると、ドラマがわかりやすくなってメリハリがつくのだ。
ただ、失敗すると往年の大映テレビのようなキャラクターになりそうではあるが……

13 オオバコで起承転結を構成せよ

幾つかのエピソードを一つの方向に向かって整理する。この一つの方向とは、作者の狙っているテーマの方向であり、クライマックスの部分(転)でテーマが協調されるようにストーリーを組み立てる。これがいわゆるプロットというもので、ストーリーとプロットにはこうした区別がある。プロットができたら、次のこれを幾つかのシークエンスに分ける作業に入る。この作業がいわゆる大バコづくりであり、ここで起承転結をきちんと決定することが肝要である。
起承転結
起の部分には物語の導入部が置かれることは言うまでもない。当然このシークエンスで登場人物の紹介、状況の紹介、そして人物間の対立関係の紹介、ストラッグルの暗示がなされる。また、背景となる状況へのかせが設定される。
承の部分では、起の部分で提示された人物間の対立とストラッグルの暗示が実際に具現して、そこに何らかの最初の事件が生まれる。
この事件によって人物の対立関係が更に深まり、それから生じるストラッグルも増幅されて、また新しい第二の事件を生むに至る。こうしたシークエンスが重なっていく。
同時に、背景となる状況にかせられたかせが、人物の行動に力を及ぼし、スムーズな前進を阻み、その結果、人物間のストラッグルを一層増幅させる。
こうして相次ぐ事件の発生と共に、高まりゆくストラッグルの増幅から、何度か決裂の危機=クライシスが訪れ、次第にクライマックスへの坂道を上り詰めていく。
転の部はクライマックスに達するいわゆるドラマの頂上であり、ここで作者の主張、意図、狙い、すなわちテーマが協調される。
結の部で作品のテーマの証明がなされる。テーマの証明とは、転の部分でなされたテーマの強調が、しみじみと観客の心に伝わること。


このあたりは、多くの人が語ることと同じであるが、まあ簡潔に書かれているのではないだろうか。

「シナリオの基礎技術」に感心した人であれば、同系統の好著であるので読んでみることを薦めます。

著者は明治大学時代に仏文学者・渡辺一夫の授業を受けたことがあるそうで、映画「きけ、わだつみの声」では渡辺をモデルにした兵隊を設定したという。
こんなことを書いている。

渡辺先生には申訳ないが、先生はフランス文学者としては大へん優秀な学者であるが、もし兵隊をやらせたら、殆ど何の役にも立たない最低の兵隊ではないだろうか。


渡辺一夫といえば、ウィキペディアにもあるように二宮敬、串田孫一森有正、菅野昭正、辻邦生清岡卓行清水徹大江健三郎など数々の文学者が薫陶を受けた人格者として知られる人文学者である。
渡辺が映画「きけ、〜」の元になった遺稿集の編集委員だったことから、著者は彼をモデルにした登場人物を思いついたと思われる。
渡辺は自分らしき人間が登場するこの映画を見てどう思ったのだろうか。
ちなみにこの映画を私は見ていない。