見て読んで聴いて書く

映像、書物、音楽などについての感想

村上もとかの漫画「フイチン再見(サイチェン)!

フイチン再見! 1 (ビッグコミックス)フイチン再見! 2 (ビッグコミックス)フイチン再見! 3 (ビッグコミックス)
村上もとかが「JIN-仁-」連載終了後、休養期間を経て連載を始めた作品。

導入から本編に入るまでが妙な構成になっている。
まず登場するのが、昭和34年のボク(少年時代の村上もとか?)。
彼のお気に入りの漫画が「フイチンさん」だったことが語られる。
「フイチンさん」の舞台は戦前の“満州”ハルピン。
日本人が中国人、ロシア人など複数民族と暮らしていたユニークな都市だ。
そして満州一の大金持ちの家の門番の娘であるフイチンが騒動を繰り広げるユーモラスな話であることがわかる。

そして場所は飛び、「フイチンさん」の作者・上田トシコが登場。
彼女が人気漫画家、タレント、モデルとして活躍するさまが描かれる。
そのトシコの前に亡くなった父の幽霊が現れる。

ここで第1話が終了。

この展開だともしかするとトシコと父の幽霊の話になるのでは……
と思ったが予想は外れた。

幽霊の父親の話はあっさり終り、そこからトシコの回想となる。

ここからやっと本編が始まる。
トシコが父の転勤で東京からハルピンに移住、幼少時代をすごしたハルビンの生活が描かれる。
そして父の起こした事業が成功、豊かな生活を送ったこと、その後、学校入学のために東京に戻ったことが語られる。

複数民族の暮らす独自の文化があったハルピンが魅力的な都市として描かれている。

巻数でいうと2、3巻になってからいよいよ主人公のキャラも立ち、彼女の行動がドラマを動かしていくようになる。
トシコの漫画家を志しての修行、満鉄の従業員となっての女子従業員の地位向上のための奮闘などが語られる。

男性上位の時代でひとりの人間として仕事をしていく女性を描くという視点は、「龍-RON-」の田鶴ていを連想させる。
龍-RON-」の後半での舞台となった満州で、ていは満州映画協会で女性監督として周囲の無理解や偏見を乗り越えて作品を完成させるというエピソードがあった。
だが、ていの行動は途中で主人公・龍の話に飲み込まれてしまい立ち消えてしまった。
ていの話はあくまでもサブストーリーであるため仕方ないのだが、著者は語り足りないと感じ、この作品を構想したのかもしれない。

非常にスロースターターな漫画で1巻目では読んでいて、それほど乗らなかったのだが、3巻目あたりから非常に面白くなってきた。
姿はまだ現さないが主人公のライバルと目される存在として語られる長谷川町子がどのように描かれるのかなど楽しみな点も多い。
龍-RON-」は力作だが、あまりにも長大な作品となってしまい、作品全体像としては制御しきれなかった点も正直感じた。
今回の作品は「激動の時代に生きたひとりの女性」というテーマもはっきりしているし、そこで作者が選んだ上田トシコという女性も非常に興味深い“ネタ”だ。
着地点も昭和34年の冒頭のシーンとするなら、きっちり描きあげることができそうだ。
龍-RON-」が連載15年で、「JIN-仁-」が連載10年。
作者は現在63歳だが、連載10年以内で仕上げて、もう一つの代表作としてくれるような気がする。