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三浦しをんの小説「政と源」

政と源

政と源

久しぶりに読んだ三浦しをんの小説。
感想メモの日付を見ると、2013年の5月に感想メモを書いた「仏果を得ず」以来となっている。

小説以外の「あやつられ文楽エッセイ」「女子漂流 うさぎとしをんのないしょのはなし」は読んでいる。

実は「神去なあなあ日常」を読み始めたが中途で挫折している。

私は一度読み始めた本はまず、最後まで読むのだが、体調の具合か、忙しかったかで途中で読み進めることを放棄してしまった。
これはかなり珍しいことだった。

しかも三浦しをんは小説を年代順に読み進めようとまで思っていた作家だ。
この感想メモでタグ付けまでしている人だ。
かなり気に入っていて期待していた作家なので不思議な話ではある。

ただ、彼女の志向する作品と私が読みたいと思う作品のずれが大きくなってきたのかもしれないという気はした。
彼女の作品に"ゆるめの日常系"というものがある。
私は、実はその類のものはあまり好みでなかったりする。
彼女の最大のヒット作である「舟を編む」も正直、私は読んだ作品の中で最上位に来るものではなかったりする。

神去なあなあ日常」も大雑把に言えばその系統にあるように感じた。

そんなところで多分、読み進めることに挫折したのだと思う。
文章はいつものようにとても読みやすかったと記憶するが……

ただ、彼女の"ゆるめの日常系"は世の中的には受けはよいようだ。私がずれているのだろう。

途中で挫折したものがありながら他のものを読むのも気が乗らず、彼女の作品はこのところ読まずにいた。

そんなこんなでもう2年近く経ち、また彼女の小説を読んでみようかという気になった。

以下、感想メモ。

三浦しをんの書く小説のジャンルのひとつに“バディもの”がある。
まほろ駅前”シリーズを筆頭に、「月魚」「白蛇島」がその類の作品といっていいだろう。
男2人のコンビが登場する話である。
英語のbuddyから来ているのだろう。
彼女の作品の場合、BLテイストが若干加わっているときもある。

今回はじいさんのバディものだった。70歳代の男が主人公。
東京の海沿いの下町で生まれ育った、性格の違う幼馴染の2人の老人の物語だった。

6章構成の連作ものだったが、各章に扉絵がある。
それを見て仰天した。

イラストは円陣闇丸という方である。扉部分そのままの画像です。

まさに絵に描いたような“カッコイイじいさん”である!
しかも一人ははげ頭!
BLの登場人物をジジイにしたら、という絵である。

もしかしたら2人の性愛描写が……と危惧したが、さすがにそれはなかった。
この小説が「コバルト」という女雑誌に連載されていた作品と後で知り、扉イラストについて納得した。
上手な絵なのではないだろうか。

ただ、この作品については違うのではないかと、個人的には読み進めながら思った。
どちらかといえば小玉ユキ、古くなるが近藤よう子あたりの画風がしっくりくる気がする。
単純に私の感性が古いだけかもしれないが。
若い読者はこのイメージでこの小説を読み進めることができるのだろうか?

実はこの小説を読んで最も衝撃を受けたのはこのイラストだった。

小説の内容に話を戻す。
こんなストーリーである。

主人公は銀行員として勤め上げ、退職後、妻に娘夫婦の家に出て行かれた国政という男。
そしてその幼馴染として、つまみかんざし職人として生きてきた豪放な男・源ニ郎が登場する。
そこに源ニ郎の元で職人修行をする気のいい若者、そしてその恋人が絡んで物語が展開する。

最後は、職人志願の若者カップルの結婚話が持ち上がり、それに絡めて国政と出て行った妻との交流、源ニ郎と亡くなった妻とのいきさつが語られる。

正直、これといった大きな事件があるわけではなく、謎や伏線の提示、その収束といったミステリー的な要素はほとんどない。
典型的な"ゆるめの日常系"の連作小説だった。

とはいえ、それなりに面白く読んでしまった。
豪放な職人・源ニ郎と亡くなった妻とのいきさつのエピソードにはかなり引き込まれた。
死に近い老人ということを読者に含ませつつ、彼らの若き日の輝かしい日々を描き出していた。
そのコントラストが読む私の心を打った。

主人公である国政のキャラクター描写についても興味深いところもあった。
普通なら、短期で向こう見ずな職人である源ニ郎とそれに振り回されるしっかり者の国政という設定になると思う。
イラストに描かれているような。
だが、小説では意外に源ニ郎の方が、冷静でしっかり者なところがある。
国政の方が感情に左右されてしまい思い悩んで意地っ張りな行動に出てしまったりする。
イラストのようなかっこいい“大人の老人”ではない。

読んだ結論としては、
「少女雑誌への連載で老人コンビを描いた物語を書く」というお題をこなしつつ、“いい話”を書くことに成功した作品であるとは思った。
文楽の世界を舞台にした「仏果を得ず」を書いたことに絡む経験も、もしかしたらこの作品に反映しているのかもしれない、とも思った。その説明は省く。

ただ、やっぱり“ゆるい”。
何か、非情なものを物語に差し込むともっと心を打つものができるような気がするが、どうなのだろう。
この作者、文才はずば抜けているし、世界観も魅力的だが、ついついゆるい方向に行ってしまう気がする。
もっと作者として意地悪になってくれると、すごいものを書いてくれるという気がするのだが……

久しぶりにこの作者の小説作品を読んだので、何作か続けて読んでみることにする。