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元SEALの狙撃手クリス・カイルの自叙伝「アメリカン・スナイパー」

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

アメリカン・スナイパー (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

クリント・イーストウッド監督作の映画「アメリカン・スナイパー」を見て原作の存在を知り、読んでみようと思った。
映画「アメリカン・スナイパー」を見た感想メモ

カバー裏の文章はこんな感じ。

アメリカ海軍特殊部隊SEAL所属の狙撃手クリス・カイル。彼はイラク戦争に四度にわたり従軍して、160人の敵を射殺した。これは米軍史上、狙撃成功の最高記録である。守った味方からは「伝説(レジェント)」と讃えられ、敵軍からは「悪魔」と恐れられたカイルは、はたして英雄なのか? 殺人者なのか? 本書は、そのカイルが、みずからの生い立ち、SEALの厳しい選抜訓練、イラクでの作戦活動、家族への想い、戦争の悲劇に蝕まれていく心の内を率直につづる真実の記録である。

あとがきに、この本はアメリカで2012年に出版されたもので、著者のクリス・カイルは2013年にPTSD(心的外傷ストレス障害)を患うとされる元海兵隊員エディ・レイ・ルースにテキサスの射撃場で射殺されたと書かれてある。

私はミリタリー好きではないし、特に戦争ものが好きなわけではない。

ただ、映画でのイラク戦争の兵士たちの描写を見て思った。
原作と映画との相違点はどのようなものなのか、どんな部分をフィーチャーして映画化したのか。そのあたりに興味を抱いた。

500ページ近いボリュームがあったが、思っていた以上に面白く、読み飛ばすことなく読んでしまった。
知らない世界を知る面白さがあった。
そして文章が簡潔でテンポ良く、読みやすく、言わんすることが明快だ。
著者クレジットを見ると2人のライターがサブライターとして書かれてある。
構成、文章作法などなどで彼らが参加していたと思われる。
だが、元々クリス・カイル本人が論旨の明快なしゃべり口の人なのでは、と文章を読んで思った。

以下、読んだ感想メモ。

この本は、上記のように、テキサス出身の若者が、海軍に入り、SEALとしての過酷な訓練を経てSEALの精悍な兵士となり、イラク従軍で活躍したことを現場の個人視点からつづったものだ。
それと並行して妻との出会い、従軍、帰国時でのやりとりが描かれる。

兵士であるクリスの内部にあるのは、フセイン体制側を“ならず者”“悪”とする絶対的な敵意、そして素朴(純粋)な愛国心だ。
そんな行動理念を持つ著者の見た戦地の事実が積み重ねられている作品だ。

政治的、思想的な観点はまったくないといっていい。

その点では映画は原作のエッセンスをうまく映画化していたように思えた。

そして著者の中には、戦争に対する疑問、人を殺すことに対する疑問はまったくない。

P108-P109 私がはじめて狙撃したときの気持ちは、すでに述べた。あのときを振り返ると、心のどこかに、無意識のうちに“この人を殺していいのか?”と問いかけるためらいがあった。(中略)最初のひとりを撃ち殺したあとは、ずっと楽になった。覚悟を決めることも、特別な精神修養もしない−照準機を覗いて、標的に照準を合わせ、仲間が殺される前に敵を倒す。

相手を平気で殺すということは、相手に対する敵意が大きな要因と考えるのが順当だ。
だが実は“無関心”も殺害への躊躇を乗り越えることで大きな役割を果たしているのではないか。
この本を読み、改めて以前から思っていた、そのことを感じた。

ほか海兵隊、SEALS内での新米の“いじめ”についてポジティブな面から語る語る著者の話も興味深かった。
たしかに著者の語る、いじめを経て生まれる信頼関係は非常に強いものだろうとは思う。
私はそれを否定的に読まなかったが、後である映画を思い出した。

スタンリー・キューブリックの監督作「フルメタル・ジャケット」だ。

フルメタル・ジャケット [DVD]

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あの映画ではビンセント・ドノフリオ扮するデブの新米海兵隊員は、その行動の遅さから教官から強烈なしごきを受け、迷惑をこうむった周囲からもリンチを受けるなどする。その後、射撃で才能を発揮するが、精神に変調をきたして最期にトイレで教官を射殺し自らも命を絶つ。

そのことを思うとやはり、マッチョな世界とはいえ、しごき、いじめに対する著者の見解はあくまでもクリス個人の抱く見解として読んだほうがいいような気がした。

ただ、「フルメタル・ジャケット」はベトナム戦争時の話である。
アメリカは心理カウンセリング、組織運営理論などの研究熱心な国だ。
おそらく海兵隊SEALのしごき、いじめも過去の失敗などを経て研究が進んでいるのではないだろうか。
その位置づけも組織運営の一貫として設定され、せーフティネット的なものも管理上設けられていると思われる。

映画「アメリカン・スナイパー」とは関係ないが、そんなことを思った。時間があればそういうことに関して書かれた本も読んでみたい。

ほか、
気になっていた映画との相違点など。

◆映画と違った点。
(1)父親が、少年時代のクリスに「この世には3種類の人間がある。シープとウルフとシープドッグだ。お前はシープドッグになれ」と語ったエピソードはなかった。
(2)クリスの弟がひ弱で、海軍に入るが、海軍を嫌い除隊するという展開はなかった。原作では弟はクリスと同様マッチョな人間として海軍に入ったと紹介されていた。

◆映画と同様だった点。
(1)クリスが9.11テロを見て怒りと愛国心に駆られるシーンは原作にもあった。
(2)創作とばかり思っていたイラクのスナイパー・ムハマドは原作でも登場する。ただ、映画のような直接対決のシーンはない。オリンピックに出場したムハマドというスナイパーがいたと語られるだけである。

きりがないのでこの辺にする。
否定的なことばかり書いた気もするが、読んで面白いし、現在の米軍の戦場の描写など興味深いことも多く書かれていた。読んで損はない本だと思う。