三浦しをんの小説「まほろ駅前番外地」
映像を見るように読めるシリーズ中編集
三浦しをんについては、この感想メモにタグ(カテゴリ)を設けているほど惹かれている作家だ。
とはいえ、「政と源」以来ご無沙汰していた。
感想メモを書いたのが2016年の4月26日となっているので、この著者の作品を1年4カ月ぶりに読んだことになる。
ほとんど作品を読んでしまったというのもあるが、2010年代以降の作品は、私が読みたくなるたぐいのものでなくなってきたというのもある。
「舟を編む」“神去”シリーズといった、“ゆるめの日常系”は、映画化もされベストセラーとなっているのだが、個人的にはさほど好みではない。
あまりに安定していすぎるのだ。癒しの小説もいいが、もっと刺激的な作品を書ける人だと思う。
今回、ふと思いついて“まほろ駅前”シリーズの番外編的な作品でシリーズ第3弾の「まほろ駅前番外地」を読んでみた。
面白かった、とても。
何が面白かったかというと、小説の語り口だ。
非常に視覚的に、シナリオのように登場人物の動き、しゃべりを描写しているのだが、それが流れるように展開している。
読んでいて登場人物のしぐさや、しゃべりのトーンが頭の中に自然に浮かんでくる。
今までに読んだこの著者の作品の中で最も、映像的な語り口で描かれている作品かもしれない。
ウィットに富んだ会話のやり取りも非常に映像的だ。
想像だが、ここまで生き生きとした映像的な描写の続く作品となった理由は第1作が映画化されたということにあるのかもしれない。
映画第1作「まほろ駅前多田便利軒」は私もいい映画と思ったような気がする(記憶はもはや定かではないが)。
「まほろ駅前番外地」を読んでいる際に私は瑛太演じる多田、松田龍平演じる行天を思い、頭の中で映像的に読んでいた。
著者も映画によって実際に視覚化されたまほろ市という舞台、登場人物にインスパイアされるところがあったように私には思える。
役者を当て込んで書いたシナリオを読んでいるような気がした。
特に、行天=松田龍平に著者はかなり影響を受けたのではないか。
それぞれ主人公を変えた、7話の中編からなる連作集となっているところもよかった。
テンポの良さが削がれることなく物語は着地点まで到達、読後感もさっぱりしてよい感じだ。
最も作者が“乗って”楽しみながら書いた勢いを感じる。
小説の映像化というのはなかなか大変だと思うが、この作品であればそのままシナリオ化しても面白いものになりそうだ。
テレビ版は見ていないが、変にいじらないで映像化しているのならテレビ版も見てみたい。
続けて「まほろ駅前狂騒曲」も読んだのでその感想も書くことにする。