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藤井太洋の小説「オービタル・クラウド」

 

オービタル・クラウド

オービタル・クラウド

 

 人物設定、描写に物足りなさを感じ物語に没入できなかった

藤井太洋の小説は以前から読んでみたいと思っていた。
今回、長編第2作「オービタル・クラウド」を読み、続けて第1作の「Gene Mapper」(正確には「Gene Mapper -full build-」)を読んだ。

まず、「オービタル・クラウド」の感想を書く。2014年2月25日発行の作品だ。

ハードカバー版に載っているあらすじはこんな感じ。

2020年、流れ星の発生を予測するWebサービス〈メテオ・ニュース〉を運営するフリーランスのWeb制作者・木村和海は、衛星軌道上の宇宙ゴミ(デブリ)の不審な動きを発見する。

それは国際宇宙ステーション(ISS)を襲うための軌道兵器だという噂が、ネットを中心に広まりつつあった。

同時にアメリカでも、北米航空宇宙防衛軍(NORAD)のダレル・フリーマン軍曹が、このデブリの調査を開始した。

その頃、有名な起業家のロニー・スマークは、民間宇宙ツアーのプロモーションを行うために自ら娘と共に軌道ホテルに滞在しようとしていた。

和海はある日、イランの科学者を名乗る男からデブリの謎に関する情報を受け取る。

ITエンジニアの沼田明利の助けを得て男のデータを解析した和海は、JAXAに驚愕の事実を伝えた。

それは、北米航空団とCIAを巻き込んだ、前代未聞のスペース・テロとの闘いの始まりだった──電子時代の俊英が近未来のテクノロジーをリアルに描く、渾身のテクノスリラー巨篇!

 

舞台となるのは日本、アメリカ、インド洋、イラン、そして宇宙空間。
これらの舞台を切り替え、並行して物語を紡いでいく手腕はなかなかのものだ。
長編第2作でここまで書けるというのにちょっと驚いた。

物語の構成も破たんせずに結末までもっていっている。
科学的な言説も文系の私にはどの程度の科学的根拠に基づいているのかはわからなかったが、わからないなりに説得力を感じた。ITガジェットについても詳しそうだ。
作者はとても頭のいい人なのだろう。

ハードカバーで473ページ。
物語は複数の舞台で並行して進み、それなりのボリュームだが、スムーズに飽きることもなく読み進めることができた。
まあ、面白い小説だった。
ただ、
もしかしたら、もっとすごい小説になったのかもしれない。と思った。

読んでいて物足りなさを感じたところもあった。
登場人物のキャラクターの魅力だ。

登場するのが、善人で上品な人だらけなのだ。
CIA局員も北朝鮮工作員も中国のスパイもこんなに優しくていいのか、というくらい物分かりがいい。
人物のバックボーンの描写も深みがなく、筋書きに乗った薄っぺらい人形劇を見ているような気もした。

そして一番気になったのが主人公のキャラの厚みのなさ。
主人公は一介のフリーのウェブサイト運営者である。どのような素性で、どのような教育、経験を経てきたのかはほとんどわからない。
その主人公の能力が尋常でなく高い。いきなりアメリカに行ってCIAや軍部の人間を率いて大活躍するのだ。
英会話についても、ほとんど英会話をしていない人間がこんなに短期間に細かなコミュニケーション能力を持てるのか、正直疑問である。

そして、主人公は一体何をしたいのかさっぱりわからないのだ。
ものすごい能力を持ちながらなぜか一介のウェブサイト運営をしていた人間が、偶然アメリカに行くことになり、あれよあれよと大活躍。最後はアメリカ大統領に進言をするという展開。
大団円のラストではものすごい成功者となっている。

物語の面白さの一つは登場人物の葛藤や苦闘や決意、そしてその行動がどういう結末を迎えるのかにドキドキするところにあると思う。

そして、読み手はそんな登場人物に感情移入して物語を楽しむのではないだろうか。


そういう意味での満足感はこの小説からは味わうことはできなかった。
小説のアイデアはいいと思ったが、読んでいて物足りなさを感じたのは正直なところである。

続けて「Gene Mapper -full build-」の感想を書く。