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映像、書物、音楽などについての感想

菅野完による調査録「日本会議の研究」

印刷物を集め、検証することで“謎の組織“の沿革を解き明かした労作

日本会議の研究 (扶桑社新書)

日本会議の研究 (扶桑社新書)

 

 「日本会議」というよくわからない、なんだか怪しげに思える組織について、その実像に迫ったノンフィクション。

この本のことは、2016年に出版差し止めになったというニュースで私も知っていた。
アマゾンのレビューを見ると、かなり評価は高い。

週刊誌、新聞などで日本会議について触れられている文章を見かけることがある。
だが、私には組織の概要、出自について読んでいても釈然としない。
日本会議とはどんなものなのとかと思い、参考書として読んでみることにした。

私はこのたぐいのネタについての知識がないので著者のこともまったく知らなかった。
著者プロフィールには

著述家。1974年、奈良県生まれ。一般企業のサラリーマンとして勤務するかたわら執筆活動を開始。退職後の2015年より主に政治分野の記事を雑誌やオンラインメディアに提供する活動を本格させる。

とある。

読んで驚いた。
この本は、

印刷物を集め検証することで裏を取り、日本会議の沿革、そして安倍晋三現首相近辺とのつながりを“実証”しているのだ。
基本、紙に印刷されたものを集め、チェックしたことでそれを成し遂げている。

著者単独で膨大な資料を集め、検証し、点と点を結び、”そこから“標的”を探り当てていく過程が非常にスリリングだ。
紙の海を航海し、お宝を探し当てるハンター、もしくは紙の名探偵といった趣である。
この執拗なハンター、探偵ぶりには驚嘆した。
すごい人だと思う。
この本を読んでいる時点では、プロフィール通りに
サラリーマンをしながら資料をこつこつ集め、これだけの著作をなした人と思っていたので、「ものすごい人がいるものだ」と驚嘆していた。
ただ、ここまで日本会議を執拗に追う、モチベーションがどこにあるのか不思議であり、敵対する立場の人なのだろうか、何か恨みでもあるのだろうか、などと邪推もしてしまった。
サラリーマンをしながらこれだけの資料を集め、検証し、相手の実態を突き止める執拗な調査をすることは“普通はできない”。

出版差し止めとなった書籍の文を引用することが、可か不可かは私は知らない。
ただ、何かあると嫌なのでここでは引用は省くが、読み始めたときは、
ネット右翼というのだろうか、そういう立場と評される人たちのことを「変な奴らが世の中で暴れ出してるぞ?」と“奴ら”と呼び、
日本会議の中枢にいると見なした人々を“一群の人々”と、揶揄、貶めたとも取れる微妙な表現で一貫して説明していることなどから、そういった人々と敵対する立場の人かもしれない、とも思った。
(「一群の人々」は下記書籍の文章からの引用)

証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも

証言 村上正邦 我、国に裏切られようとも

 

 そのあたり、ちょっと留保しながらも読んでいた。

しかし、そういった著者の立ち位置はあまり強く出てくることはなかった。
あくまでも、過去の印刷物アーカイブを探り、そこから現在の日本会議の中枢にいる関係者の出自を出版物を通して“客観的”に追っているのだ。
マスコミ関係者でもない人間の成したことと考えると、ある意味、偉業といえなくもない。

あくまでもファクトを追い、推論を避けるこの姿勢は貫いている。
ある部分を除いては。

推論となった部分は、訴えを受け、出版差し止めになった箇所である。
最終章の「淵源」で著者は、いままでの実直なファクトを追う姿勢から、ジャンプして推論を展開している。
闇に隠れた大物を探り当てた!という推論である。
ただ、読み物としてはクライマックス部分のカタルシスを得ることのできる部分ではある。
この推論があったことで、いままで展開した調査の“着地点”を提示することになっているので。
ただ、この部分は、裏づけに欠ける点もあるので、ほころびともいえるかもしれない。

初めは、“闇の支配者”的な陰謀論に行き着く書籍かと思っていた先入観はよい意味で裏切られた。
「淵源」での展開も"闇の支配者"というまがまがしいものではない。
そして、この本では思想的なことについての深い言説は避け、あくまでもファクト、出版物に掲載された文章、人物名、写真で追い、標的に迫っていく。

見事ではあるが、正直恐ろしいものも感じた。
こんな人に追われたらたまったものではないだろう。

私は当初、日本会議とそれに対する敵意、悪意といったバイアスのかかった論が展開するかと思っていたが、そんなことはなかった。


組織のことに対して、知的な面、学習意欲などで揶揄する部分が全体にあったのは感じた。
だが、「むすびにかえて」では、日本会議にかかわる人々、組織を

市民運動の王道を継続的に地道に民主的に歩んできた、

と留保つきではあるが、評価をしている。

日本会議の沿革、政権との関係を知ることが、出版物などの“具体物”で納得しながら読むことのできる書籍だった。

最近話題となった“安倍晋三小学校”についても、なるほどと合点できるバックグラウンドのつながりの指摘もあった。

“釈然としない”部分はかなりすっきりした。

そして、あくまでもファクトを追ったもので、陰謀論ではない。

“敵”や“悪”を想定して激しく攻撃、貶める趣旨の本でないことにも好感はもった。

追記
この本を読んだ後で、著者の情報をウィキペディアなどのネットで見たら、プロフィールにある“単なるサラリーマン”ではなかった。やはりそうだったのか。
これらを先によんだら、変な先入観が生まれ、読まなかったかもれしない。知らずに読んでよかった。