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映像、書物、音楽などについての感想

伊藤計劃の小説「ハーモニー」

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

ハーモニー (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官」に続く伊藤計劃の長編3作目。
2008年発行。
この作品が遺作となったようだ。
長編第2作「METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS」はゲームのオリジナル小説版のようなので、実質的オリジナル長編としては2作目となる。

世評の高さから読んでみた「虐殺器官」は個人的には肩透かしな内容だった。
↓「虐殺器官」を読んだ感想メモ。
http://d.hatena.ne.jp/allenda48/20120708/1341755853

だが、気になるところもあったのでもう1作読んでみることにした。

虐殺器官」と同様、この小説も非常に世間では評価が高い。星雲賞日本SF大賞を受賞。さらに英訳版は2010年フィリップ・K・ディック記念賞特別賞を受賞している。

ということでこの「ハーモニー」の感想。
今回も個人的にはピンとこなかった。
私がSFを熱心に読んでいたのは、遥か昔の’70〜’80年代なので、あまり偉そうなことはいえないのだが、あえていわせてもらうとこの小説、読んでいて世界に没入するほど「面白くはなかった」。
長編第1作を読んで抱いた不満を、また感じることになった。

“何を”“どう描くか”でいうと、
“どう描くか”ということについては、時流に合ったアイデア満載である。
だが、肝心の“何を描くか”ということになると、想像力の不足を感じてしまう。

小松左京賞に応募、最終選考で小松本人によって落とされた「虐殺器官」への評価で、小松自身はこんなコメントを残していたようだ。

文章、アイデアはよかったが、結局何を言いたいのか、登場人物の行動の動機付けについて説得力、テーマ性に欠けていた

今作もこの評価があてはまる内容と私には思えた。

世界の設定、展開について高く評価している人もいるが、ある程度SFを読んだ人なら、この程度の設定は、驚くほどのものではないと思う。
ネットワークの広がりによる情報の共有化、危険を排除したユートピア的管理社会の描写とそれに対する反抗者、などなどといった発想事態は決して目新しいものではない。
現実世界でのIT技術の進歩を踏まえての拡張現実のツールの導入などは、アニメ、映画などで使える(すでに表現されているところもあるが)ところもあり、面白い点もあったのは事実だが、それはあくまでも物語に登場する小道具でしかないと思う。

結局、“どう見せるか”、作中で“どんなツールを使うところを見せるか”的な部分に力の入る人が書いた小説ということになるのかもしれない。
そういった意味で、文中にタグを挿入するアイデアなど、この作家らしいのかもしれないと思った。

ということで「虐殺器官」と同様、私にはこの作品が傑作とはとうてい思えなかった。
だがこれを原作としてコミック、映画ができるのであれば、それは傑作になる可能性はあると思う。
“見せる”メディアであれば、この作品のアイデアは表現の仕方しだいで非常に面白いものになるかもしれないと思う。そしてあくまでも“絵”なので、言葉による哲学的言説を展開することなくして作品を成り立たせることはできる。

不満なのはこの作品が小説であるからなのだ。小説は言葉で紡ぐものだ。
この小説で紡がれる言葉は、フィジカルなものを超えることができていない。

私は物語を読む際、“何をどう書くか”でいえば、“どう書くか”よりも、“何が書かれているか”を求める人だ。
“何か”について言葉を紡いでどれだけどのように迫ることができているかが、私の小説に対して求める最大のポイントだ。
そういった点でこの作家とは相性が悪いのかもしれない。

病床で書いたというのもあるのだろうか、後半部分、文章表現的に若干緩くなってきた部分もあったように思う。
特にインターポールの調査官と称した、ヴァシロフが登場するシーンでの彼の間の抜けたセリフはどうとっていいのか困った。
必死にヌァザ、トァン親子を必死に追うときのセリフ
「待ちなさい、霧慧親子ったくもう」
「待てってば」(P276)
などは読みながら苦笑してしまった。一応、日本語で書いてある文章なので、子どもじゃないんだから「待てってば」はないでしょ。
“よ”をつけたらNARUTOだよ。
ただ、アニメなら可かもしれない。さらにはライトノベルであれば微妙だがセーフだったのかもしれない。
うーん、そういう意味でも一人称表現でもあり、この小説はライトノベルとして取るべきなのかもしれない。

この著者が34歳という若さで亡くなられたのは非常に残念だ。そして興味深い才能があると私も思う。
だが、ちょっと評価されすぎなのではというのが読んだ感想だ。
この小説、フィリップ・K・ディック記念賞特別賞なるものを受賞しているが、私はディックとの親和性はあまり感じない。
ディックのデタラメな妄想の中に思わぬ哲学的思惟が展開するような作品ではなく、こちらはディテールにこった、格好をつけた作品という感じである。

とはいえ、「METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS」も読んでみようかとか思っているので、不満を感じつつも魅力を感じているという、私にとって微妙な位置にいる作家となりそうだ。
そういう意味でも、早世されたことが残念である。
美大出身のようなので、映像関係とかにも進んでほしかった気もする。

一気に書いたのでかなり雑な感想メモだが、このまま放置しそうな気がする。
以上。