アーシュラ・K・ル・グィンの小説「闇の左手」
数十年ぶりの再読で、その深い世界観の一端をやっと認識
- 作者: アーシュラ・K・ル・グィン,Ursula K. Le Guin,小尾芙佐
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1978/09
- メディア: 文庫
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このところ中断しているが、脚本分析、脚本指南の書籍をかなり読んでいる時期があった。
その中でもアメリカの脚本分析の大御所だったシド・フィールドという人の書いた「素晴らしい映画を描くためにあなたに必要なワークブック」は何度も読んだ。
素晴らしい映画を書くためにあなたに必要なワークブック シド・フィールドの脚本術2
- 作者: シド・フィールド,安藤紘平,加藤正人,小林美也子,菊池淳子
- 出版社/メーカー: フィルムアート社
- 発売日: 2012/03/11
- メディア: 単行本
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その「素晴らしい映画を描くためにあなたに必要なワークブック」の中にル・グィンの言葉の引用がある。
第四章 「四ページであらすじを書く」の冒頭部分だ。
「旅に目的があるのはいい。けれど重要なのは、旅をすることそのものだ」アーシュラ・K・ルグゥイン(作家)(P46)
どの作品にあるのかと以前から思っていた。
その言葉が今回読んだ「闇の左手」にあった。
旅に終局の目的があるというのはいい。しかし究極的には旅そのものに意義があるのだ。(P266)
シド・フィールドは著作で物語(ドラマ)とは旅のようなものであるとしばしば語っているが、このル・グィンの言葉をわざわざ引用しているということは、ル・グィンの作品から刺激を受けることが多かったのかもしれない。
そして、私の読んだ限り、ル・グィンの中・長編作品は基本的にほとんどが、"登場人物が旅をする"話だった。
この「闇の左手」も、異なる星の出身である2人の"知的生命体"があることを目標として過酷な自然環境の中、旅をすることが、大きな部分を占めている作品だった。
そして“旅そのもの”の描写に力を置いて描いた作品でもあった。
実は、私は以前にこの小説を読んでいた。
だが、作品の記憶はすでになかった。
巻末の解説によると、この小説は72年に翻訳版が刊行され、文庫版は77年に出たとある。
おそらく70年代の末から80年代初頭に読んだと思われる。
だが、その当時は引っかかるものがなかったのだろう。
というか、この作品を楽しめるだけの度量が私になかったのだろう。
2010年代になり、「アースシー」(ゲド戦記)シリーズを読み、さらに彼女のほかの著作もいくつか読んだ。
そして、改めて「闇の左手」を読んでみた。
感想はSFを読んだというよりは、ル・グィンの作品を読んだという感じだった。
ある自然、社会、文化的な環境のもとにある世界を丹念な筆致で構築し、そこで旅をする人を描くというル・グィン作品の王道的な作品だった。
SFといわれているがストレートな科学テクノロジーをモチーフにした作品ではない。
むしろ、生態学、民族学的考察をバックボーンに描いた世界がある。それはル・グィン作品でお馴染みのものだった。そして性(ジェンダー)の問題について描いている点も。
また、文章で表現されている内容が多義的であり、一筋縄ではいかない世界がそこにあることもル・グィンらしく魅力的だった。
ただ、私自身の個人的な感想としては、正直エンターテインメント作品としては、クライマックスの部分はあっさりしている観もあった。
読みごたえと深みはあるが、起承転結、序破急のあるメリハリの効いた物語のカタルシスという点ではそれほどのものではなかった。
ただ、面白いのは間違いなく、後を引く作品でもある。
この作品はル・グインの宇宙年代記"ハイニッシュ"シリーズに属するものだ。
"ハイニッシュ"シリーズについては、ウィキペディアでは以下の説明となっている。
『所有せざる人々』や『闇の左手』といったSF作品は《ハイニッシュ・サイクル》(en) と呼ばれる未来史に属している(その舞台となる世界を「ハイニッシュ・ユニバース」と呼ぶ)。「エクーメン」と呼ばれる組織によってゆるやかに結ばれた未来の銀河規模の文明を描いたものである。個々の惑星の結びつきは緩やかであり、そのためそれぞれ異なる文化を保持している。『闇の左手』や『言の葉の樹』は、異星に派遣された特使のカルチャーショックと異文化の接触の結果を扱っている。
非常に興味深い内容だったので、発表順に"ハイニッシュ"シリーズを読んでいこうと思う。
すでに、彼女の長編第1作でもある"ハイニッシュ"シリーズ第1作の「ロカノンの世界」を読んだ。
- 作者: アーシュラ・K・ル・グィン,Ursula K. Le Guin,小尾芙佐
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1989/05/31
- メディア: 文庫
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表紙絵は萩尾望都。
そちらも、感想メモを追って書くつもりだ。
「闇の左手」については、ル・グィンの作品の中では私にピンときたほうではなかったのでこの作品についての感想は以上とする。
ざっと書いたので後で更新するかもしれない。
この文章を書いた後、“地球の名言”なるサイトに
ここで取り上げた言葉がル・グィンの名言として載っているのを見た。
旅路に果てがあるのはいい。
しかし結局、大切なのは
旅そのものなのだ。
その言葉が書かれている文脈の説明もなしに、そのまま名言として挙げるというのは如何なものか、という気もした。
そのまま抜き出してもそれっぽい言葉ではあるが、何か違う気がする。
このサイトの存在自体、「旅に目的があるのはいい。けれど重要なのは、旅をすることそのものだ」という言葉の意味することからずれているような気がする。
「本の中に書かれた名言を読むことは悪いことではない。けれど、重要なのは、本を読むという体験自体なのだ」
と言えるのではないだろうか。
ちなみにこの言葉、有名な言葉だったのだろうか……