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村上もとか「終わりなき旅 僕はマンガをこう創ってきた」

終わりなき旅 僕はマンガをこう創ってきた

終わりなき旅 僕はマンガをこう創ってきた

六三四の剣」「龍−RON−」「JIN−仁−」などで知られる漫画家・村上もとかが自身の漫画人生を語ったもの。
漫画以外の著作としては初めてのものだと思う。

非常に興味深い本だった。
実は、私は村上もとかの漫画は少年ジャンプでデビューしていたころから読んでいる。

少年サンデーの「赤いペガサス」以降は、「私説昭和文学」あたりまでは、ほとんど読んでいたはずだ。
この人、人気作家として描き続けてきたが、作品の数自体は意外に多くない。
ウィキペディアで確認したら、「検事犬神」「JIN-仁-」以外は読んでいた。

特に「六三四の剣」「岳人列伝」は漫画誌で読むだけでなく、単行本で何度も読み返していた。
こうしてみると、かなり好きな漫画家だったのだ。
だが、代表作の「龍−RON−」はまだ最後まで読みきっておらず、おそらく最大のヒット作であろう「JIN−仁−」はまだ読んでいないので、あまり偉そうなことはいえない。

で、読んだ感想。

目次は以下のようになっている。

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はじめに
 初公開!原画で見る『JIN-仁-』
第1章 『JIN-仁-』現在〜過去〜未来
第2章 洋館といも畑
第3章 『少年ジャンプ』から『少年サンデー』へ
 原画で見る『空の城』
 原画で見る『熱風の虎
第4章 タイヤもので道なき道を往く
 原画で見る『赤いペガサス
 原画で見る『風を抜け!』
第5章 『六三四の剣』の誕生
 原画で見る『六三四の剣
第6章 リアリティの根源は取材にあり
 原画で見る『山岳列伝』
 原画で見る『NAGISA』
 原画で見る『私説昭和文学』
最終章 人生を賭けた大河マンガ『龍−RON−』
 原画で見る『龍−RON−』
解説 荒野に花が咲く理由

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大まかな内容は以下の感じだろうか。

父は神主の家系だったが、戦後それでは食えないということで、東宝に入り美術の仕事をしていたという。
小田急線の経堂から2駅といっているので、おそらく祖師ヶ谷大蔵(東宝のある駅 映画関係者が多く住んでいた)で幼少時は育ち、その後神奈川の大和市に引っ越した。
高校時代からCOMやガロを愛読、学内の友人たちとともに自己流で漫画を描いていたそうだ。
高校卒業後、受験勉強もせず、父の勧めで建築系の専門学校に入学するが、自分が何をしたいのかを考え直し、美大受験なども考えたが、漫画家を志すことにして望月あきらのアシスタントに。
少年ジャンプでデビューしてから少年サンデーに“移籍”。
タイヤもの(レースもの)で人気を得た後、「六三四の剣」に取り掛かったこと。
その後、連作短編などと並行して大作「龍−RON−」を長期連載したこと。
そんな過去を語りながら、自分の創作術、理念を語っている。

この本の最大の特徴は、村上の代表作の原画を掲載していることだ。
しかも1ページに1ページ分の原画掲載となっている。
そして特筆すべきは以下の3作品についてだ。

・「JIN-仁-」は連載第1回のカラーページ6ページを含む全40ページ。
・「六三四の剣」は小学校編の1話分。六三四と嵐子が初めて対決する、地区の剣道大会決勝の初めから終わりまで。
・「龍−RON−」は、馬賊の首領となった龍が、規律を破った部下をどう処遇するかを描いたエピソード。

それぞれが1話分をまるごと掲せている。
サイズの縮小はされているが、原画で村上の漫画1話分を読むことができるのだ。

これは非常に読み応えがあった。想像以上に村上漫画の原画に迫力があった。
ちょっと驚いた。
これを読むだけでも、買う価値があるというと言い過ぎかもしれないが、まずは本屋でこの本を手に取る意味はあると思う。

読んで興味深かったことはたくさんあるのだが、きりがないので、ここでは思いついて書けるところだけ挙げておく。

◆漫画を描く際に、“読者の心に食い込む1枚”を強く意識するという。そして、その1枚に至るまで、どのように物語、画面を構成していくかを熟考しているそうだ。
きっかけは「赤いペガサス」だったという。

赤いペガサス (1) (小学館文庫)

赤いペガサス (1) (小学館文庫)

主人公が慕っていたベテラン・レーサーがレース中の事故で死亡、主人公は彼に別れの口づけをする。
「死人に“口づけ”する主人公」の場面には、読者から強い反応があったそうだ。
そして「『こういうシーンが描きたかったんだ!』と強く手応えを感じた」(P92)という。
「マンガならではの絵を描きたい。自分がどうしても描きたい一枚の絵を見せるためだけに、物語を構成して、説得力を持ちえる一枚絵の表現を極めたい」(P150)
を考えるようになり、
そして、描きたい一瞬を意識して取り組んだのが連作短編の「岳人列伝」だという。
岳人(クライマー)列伝 (小学館叢書)

岳人(クライマー)列伝 (小学館叢書)

確かに、「岳人列伝」には強く印象にのこる1枚の“絵”がある。
若きシェルパが岸壁を素手で登りきり、万感の思いで叫ぶシーン、頂上を極めた登山家と屈強なシェルパふたりが凍りついた涙のまま写真に写るシーン、岸壁に挑む親子の手と手が結ばれず、“時よ……止まれ”という祈りもむなしく離れる瞬間の、すれ違う一瞬、など各話のクライマックスに描かれた絵には、強く心に訴えるものがあった。
あのカットは、著者のそんな思いと熟考を経た積み上げがあってこそできていたのだ。
そういえば、村上の作品にはここぞというところで、バーンと見せる見開きの大ゴマが非常に効果的に使われている。
これは少年ジャンプで培ってきたものでもあるとも語っている。
見せ場のカットをいかに創るかということは、作者にとって漫画を描く上での大きなテーマとなっているようだ。
今回、原画掲載されている作品では「龍−RON−」にもそんなカットがあった。

今まで漫然と読んでいたのだが、私が村上もとかの作品に惹かれていた理由のひとつが、この“心を打ち抜く1枚の絵”にあったということが、彼の言葉を読み、改めてよく分かった。
だから、村上もとかの漫画はドラマチックなのだ。

◆最近はネームは原稿用紙に書くとのこと。

◆取材、調査は入念にしても、“心に着火しないと描けない”(P103)と語っていること。モトクロス漫画の「風を抜け!」では自身でレースチームを持つなど、現場に深い取材をしたが、“着火”することがなく、本人としては不本意な結果に終わったと語っている。

「連載を始めて勝手なことを言って逃げるのはいけないと思うが、そのときに決めたのは、心のなかで着火していない作品を描くのは止めようということだった。もしそうなった場合にはいさぎよく辞めるか、最初から受けないことにしようと。僕は心から描きたいと思って描いていないと描けないマンガ家なんだと痛感した。もちろんそのあとも失敗はするが、それはいさぎよく失敗作だと認められるようになった」

「風を抜け!」以降、村上はタイヤものを実質的には描いていないそうだ。
しかもタイヤものは描くのに体力がいるとのことで、今後描くことはないだろうと語っている。

◆「六三四の剣」について

六三四の剣」に先立って村上が描いたのは「エーイ剣道!」。
舞台は瀬戸内海の小さな島だ。
「僕は世田谷生まれで、神奈川のいも畑で育つたから、ふるさとといえる場所はない。どうせ描くなら、神奈川のいも畑より、自分が行きたい、自分が住んでいたらよかったのにという場所を舞台にしたいと考えた」(P107)と語っている。
そして「六三四の剣」で舞台を岩手にしようと思ったのも、取材で岩手を訪れた際に惹かれるものがあったからだという。
六三四の剣」の少年編で描かれる岩手は、確かに読むものを住んでみたいと思わせる魅力的な町として描かれていた。
“自分が住んでみたい町”を舞台にする。そういう発想があったから、両作品で描かれる世界に魅力があったのだ。

◆「私説昭和文学」について

私説昭和文学

私説昭和文学

以下のようなことを語っている。
「自分が10代のころに読んで好きだった作家の人生を描いてみたい。小説はもちろんだが、実は書いている人も相当おもしろい。ならば、その人そのものを描いてみようと思って始まったのが「私説昭和文学」の発端だ」(P162)
「僕はもともと絵物語の挿絵家を目指していて、絵に文を入れたいという願望があったから、文学の世界を絵で表現するのは楽しかった」(P163)


以上、
褒め言葉ばかりになってしまったが、村上漫画を読んで、惹かれていたさまざまな部分が、実は作者の意図と努力とセンスで描かれていたということが認識できたという意味で、この本は非常に面白かった。
一般的な創作論の本ではないが、非常に興味深く読むことができた。
村上の作家としての志の高さにちょっと感銘を受けた。

この文章だとまだ頭の中でまとまっていないので、また時間を見て更新することにする。
とりあえずのメモとして残す。

中断していた「龍−RON−」を完読し、「JIN−仁−」を読もうと強く思った。
龍(RON) (1) (ビッグコミックス)
JIN―仁 (第1巻) (ジャンプ・コミックスデラックス)