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映像、書物、音楽などについての感想

三池崇史監督、市川海老蔵主演の映画「一命」

滝口康彦の小説「異聞浪人記」を映画化。時代劇としては初の3D映画だそうだ。

原作は読んだことはないが、同じ原作を映画化した「切腹」は大昔に見た。
こちらは監督・小林正樹、脚本・橋本忍という昭和を代表する監督・脚本コンビだ。
主演は仲代達矢
カンヌ国際映画祭では審査員特別賞を受賞している。
数年前には脚本も読んだ。
そして「一命」を見た後に脚本も再読した。

切腹」の脚本は回想を使って現在と過去が行き来する構成で、きっちりと構築された密度の高い世界に感心した。
仲代演じる主人公・半四郎の語りで物語が進んでいく。
“理不尽な御取りつぶしで路頭に迷った武士が、困窮の果てに非情な武士の制度に個人的反抗を企てるが、制度の前にあえなく潰える”というテーマが明確に打ち出されていた。
浪人の半四郎と井伊家の家老・勘解由(三國連太郎)の緊張感ある対決に“個人と組織”の対立構造が浮き上がる作品になっていた。
ちなみに、「切腹」では半四郎の「待ていッ! 待ていッ! 待たれいッ! 暫く、暫く待たれい……」
という団十郎の「暫」のようなせりふがある。歌舞伎「暫」は見たことがないが、こんな感じのセリフなのではと思った。細かいことだが、「一命」が海老蔵主演ということでそんなことが気になってしまった。

今回の映画化ではリメークという言い方はされていないが、
切腹」が脚本、監督、役者ともに素晴らしい内容だったので、どんな仕上がりかと期待して見た。

で、見た感想だが、
個人的にはどうも海老蔵がこの役に向いていないような気がする。
多くのシーンは動かない語りが多い役だ。
語りの多い役はこの人には向いていないような気がする。
もっとケレン味のある役のほうが向いているのではないだろうか。

そして、三池監督もこの作品には向いていないように私には思えた。
この人はもっといい意味ではったりを利かせたB級感のあるはじけた作品の方が向いているのでは。
三池監督作のいいところは突っ込みどころがある面白さではないかと思う。
隙のない重厚な作品ではあまり本領を発揮することができないような気がする。

ということで、小林監督・橋本脚本のシリアスで重厚な世界の印象が強かったので、私としては、今回の監督、主演については違和感を覚えた。

3Dについて書くと、
舞台に背景の写真があり、その前に書割、その前で人物の写真が動くという感じの映像。
なんというのだろうか映像が前後に並んでいるのを見ているような平面的な3Dだ。
紅葉などの自然の映像がしばしば登場するが、これはも写真が前と後ろにいくつも重なっているという映像。
面白いといえば面白いのだが、アクションシーンでの3Dならではの醍醐味というものはあまり感じられなかった。
浮き上がった題字が、するするっと流れてくるのはとてもよかったです。

瑛太、満島ひかるの夫婦、つましいながら幸せな家庭が、不幸のつるべ落としで苦境に追い込まれる流れは、通俗的展開でもあったが見ていて引き込まれた。
だが、そこに海老蔵が入るとどうも空気が乱れる。
華があり目立つのは確かだが、彼がとてもうらぶれた浪人に見えず、海老蔵登場! みたいになってしまう。
この違和感が、なんとも奇妙な味を映画の中で醸し出している。

瑛太海老蔵が義理の親子という設定にものすごい違和感があるのは、当初から予想されていたが、それ以上に違和感があったのが海老蔵と中村梅雀が親友という設定。
こっちの方こそ、年齢的にはどう見ても親子なのだが。
さらに海老蔵と梅雀の風貌、醸し出す雰囲気が違いすぎて
友人として話しているのを見ているとはなはだ違和感がある。

で結論だが、
切腹」から比べるとテーマというか、骨子が浮かび上がることのない映画という印象だった。
切腹」の脚本は半四郎の語りで、説明ゼリフが多いのだが、そのセリフで“非常な組織と個人の葛藤”というテーマ性が強調されていた。
「一命」ではその説明ゼリフがない。俳優の演技でそれを表現しているのだが、テーマ性はあまり強く強調されていない。
そのため身も蓋もない言い方をすると、
“不幸な貧者が、体制側の金持ちの家を訪れ、難癖をつけて家の中で暴れまわるが、取り押さえられる。
そして、その後は家も綺麗に戻り何事もなかったようにまた日々が続いていく。おしまい”
といった仕上がりになっている。
“制度”による理不尽な仕打ちへの怒り、というテーマ性が打ち出されていないためそんな印象をとられかねない内容になっていた。
見どころは多々あるのだが、私としては見終わった後、これって何だったんだろう的な疑問が残る映画になってしまっていた。そのあたりが個人的には残念だった。

※10/30(水)夜10.00からBSプレミアムで「切腹」が放送されるそうだ。