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映像、書物、音楽などについての感想

伊坂幸太郎の小説「あるキング」、そこから連想した漫画「天然」、映画「ナチュラル」

あるキング (徳間文庫)

あるキング (徳間文庫)

先日読んだ「夜の国のクーパー」の読後感が今ひとつすっきりしなかったので、ほかの伊坂作品も読むことにした。

「夜の国のクーパー」を読んだ感想メモ

天才スラッガーの話ということらしいので、読後感もすっきりしそうな「あるキング」を選んだ。
事前情報はそれしか知らなかった。

以下、簡単な感想メモ。

漫画のような小説だった。
打った球がすべてホームランになるような野球の絶対的強打者となることを運命づけられてこの世に生を受けた男性。
彼の奇妙な人生を綴った作品だった。
漫画では、野球をネタにしたこういう強引な設定の荒唐無稽な話は、古くは「アストロ球団」「群竜伝」から現在に至るまで相当な数がある。

「漫画のようだな」と思いつつ読み進めていくと、「あれ、これって似てる漫画がある」という気がしてきた。

そして根本敬の漫画「天然」を思い出した。

天然―完全版

天然―完全版

「あるキング」からは話がそれるが、ちょっと「天然」のことを書かせていただく。

ものすごく大まかにいうと「天然」はこんな話だった気がする。
(本はもう手もとになく、記憶は非常にあやふやだ。違っていたらすみません)

根本は、落書きのような汚い絵でとてつもなく下劣な人々を描く“特殊漫画家”と一般的に評価されている作家だ。

その根本の漫画にはお馴染みのキャラクターがしばしば登場する。
その中で代表的なのが2つのキャラクター。村田藤吉と吉田佐吉である。
私は根本作品にあまり詳しくなく、記憶も定かでないのでウィキペディアを引用させていただく。

村田藤吉
気弱な丸メガネの中年。多くの作品で主人公を演じる。
善良で他者を恨むことがないが、遺伝子レベルで不幸を義務付けられており、ほとんどの作品で悲劇的結末を迎える。
妻の夏江との間には義明とさゆりの二人の子供がおり、おばあちゃんも同居している。全員が藤吉同様の被虐者である。
吉田佐吉
怒ったような顔の大柄な中年。独善的に振る舞い、村田一家を苦しめる。作者曰く「根本漫画の最終捕食者」。
ガロの担当編集者(「天然」では方言指導としてクレジット)が福島県出身だったため、流暢な郡山弁をしゃべる。

「天然」ではこの村田藤吉が絶対的天才野球少年として登場する。

東北の寒村で極貧生活の中、家族もろとも酷い虐待に遭っている、村田藤吉少年。
その一方で彼はバッターボックスに立てばすべてホームラン、投げればすべて三球三振という野球の王様のような存在だ。
だが、村田少年は川上哲治に誘われながらも、結果的にこの寒村で吉田佐吉に苛められながら屈辱的な生活を中年になるまで送ることになる。
そして中年になった村田藤吉は、ついに巨人軍入団試験を受けることになる。

確かこんな話だったような……
汚い絵で被虐的な話が延々と続く漫画である。ただ、村田少年が絶対的天才野球少年というのが新味だった。

確認しようとネットで内容に関して調べたがこの漫画についての言及はほとんどなかった。

ちなみにこの漫画「天然」は、ロバート・レッドフォードが主演した野球映画「ナチュラル」がモチーフとなった漫画だ。
根本自身がそのことを表明している。

ナチュラル CE [DVD]

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漫画タイトルの「天然」は映画タイトル「ナチュラル」を日本語に訳した、ということなのだろう。

また、話がそれるがこの「ナチュラル」という映画がまた奇妙な映画なのだ。
ウィキペディアによるとこんなあらすじ。

1920年代から1930年代の米国を舞台に、天才野球選手と呼ばれながら不幸な事件に遭ったためにプロ入りできずにいた男ロイが、35歳にして「奇跡のルーキー」としてメジャーリーグで活躍することになる姿を描いた野球映画。

これだけ読むと、普通のヒューマンドラマみたいだが、実はとても変わった内容で意味不明の描写が多い映画だ。

不幸な事件というのは謎めいた女性と知り合い、彼女に何故か銀の弾丸で撃たれたこと。その女性が主人公を撃った理由はずっと不明。そして彼女は主人公を撃つ時に銀の弾丸を使うと語るが、なぜ銀の弾丸なのかも不明。主人公はもちろんヴァンパイアではない。
負傷した主人公は、行方不明になる。
そしてシーンが変わると、とつぜん中年になった主人公がプロテスト会場に現れ、強烈なバッティングを披露するという展開だ。
プロ野球チームに入団した彼は神がかった勢いでホームランを連発していく。

そのホームランの描写がすさまじく、打球の描写はファンタジーの領域である。
主人公の打ったボールがあまりの強いエネルギーを受けたため燃え上がる(具体的描写は記憶がもう定かでないので微妙に違うかもしれない)など、アストロ球団ばりの映像が続出する。
ある種の寓話、ほら話、ファンタジーなのだ。
だが、結局何がいいたいのかは皆目わからない。
ただ、妙なカタルシスがあり、見終わった後、すがすがしく心地よい気分になれる映画である。
あまりに奇妙な映画なので根本は大きな刺激を受け、自作「天然」を創作、発表したのだろう。

肝心の「あるキング」から話が逸れ過ぎた。

伊坂幸太郎特殊漫画家・根本敬の「天然」を読んだとは考えづらい。
となると「ナチュラル」を見てそこからインスパイアされた、と考えるのが順当なのかもしれない。

「ナチュラル」は意味不明の内容ではあるが、主演したレッドフォードのさわやかなたたずまいもあり、見ていて心地よい。
ただ「あるキング」の主人公はレッドフォードのようなさわやかなキャラクターでもない。
そして「ナチュラル」では胸のすくようなホームランシーンがいくつもあり見せ場となっているが、「あるキング」は「ナチュラル」ほど"胸のすくような"ホームランシーンはあまりない。

「あるキング」では、主人公の父がこんなことを語るシーンがある。

「よし、王求」と父親はうなずいた。「この黒い布には、おまえの抱えているもやもやとした気持ちが入っている。罪悪感とか、恐ろしさとか、不安とか、そういうものすべてこの黒布なんだ」
どういう意味なのかよく分からなかったが、王求少年は顎を引く。
「じゃあ、今から球を打って、この黒布を吹っ飛ばすんだ」
え、と王求少年は首をかしげた。
「ホームランとはそういうものなんだ」父親は興奮を浮かべ、うんうん、と同意の相槌を自分で打った。
「そういうもの?」
「世の中の不安だとか、恐いこと、忌々しいこととかを全部、突き刺して、空というか宇宙に飛ばしてしまうんだ」
本気で父親はそんなことを信じているのか、と王求少年は意外に感じた。が、それ以上に、父親がそう言うのであればそうに違いない、とも思った。父親が軽く投げてきた硬球を、王求少年は打った。打球は鋭く、力強さを漲らせ、黒い布に激突し、王求少年の鬱屈とした思いをごっそり解放するかのような爽快感とともに、遠方まで飛んだ。P64

この部分を読むと、作者は“胸のすくようなホームランシーン”に象徴される生きることへの讃歌を描きたかったのかなという気はする。

この小説、面白くは読めたのだがもっとメリハリをつけて誇張してもよかったのではないだろうか。
「天然」「ナチュラル」の領域には及んでいなかったような気がする。

もっとも著者が「あるキング」を書くときに「天然」「ナチュラル」を意識したかどうかは不明だが。

これもあまり読後感がすっきりしなかったので別の作品も読んでみることにする。

ただ、改めて思ったのはこの人の小説、やはり読みやすい!
読むことにストレスがまったくかからないというのは、商業作家としては素晴らしいことだと思う。

追記*最近、文庫版が出たようだが、そちらについては読んでいないし、手に取ってパラパラと眺めたこともない。