藤井太洋の小説「GENE MAPPER-full build-」
“黒川さん”の存在が作品に人間味を与えている
「オービタル・クラウド」に続き、こちらも感想を残すことにする。
アマゾンなどに載っている「BOOK」データベースは以下の内容。
拡張現実が広く社会に浸透し、フルスクラッチで遺伝子設計された蒸留作物が食卓の主役である近未来。遺伝子デザイナーの林田は、L&B社のエージェント黒川から自分が遺伝子設計した稲が遺伝子崩壊した可能性があるとの連絡を受け原因究明にあたる。ハッカーのキタムラの協力を得た林田は、黒川と共に稲の謎を追うためホーチミンを目指すが―電子書籍の個人出版がたちまちベストセラーとなった話題作の増補改稿完全版。
実は感想を書こうと思ったのだが、あまり気が乗らず他の本を読んでいた。
具体的には日野啓三の「台風の眼」、萩尾望都の「残酷な神が支配する」である。
両作品を読んでいるうちに 「GENE MAPPER」を読んだ体験記憶はすっかり薄れてしまった。
藤井作品では味わうことができない深くて大きな読書体験ができたからだ。
そして藤井作品には欠けているものが何か、私なりに対象化できたような気がする。
「GENE MAPPER」も「オービタル・クラウド」も“表面的”なのだ。
キャラクターの設定、描写が紋切り型で、その人形のようなキャラクターが操作されて動いていく物語になってしまっているのだ。
作者の明晰な知性によるところが大きいのかもしれないが、作中人物の悩み・葛藤がほとんど感じられない。
特に「オービタル・クラウド」にその傾向が強かった。
AIが小説を書く、ということが話題になっているが、藤井作品はイメージとしてはAIが書いた小説に近いものがある。
意匠、知識、組み合わせからできているのだ。
ベタな言いかたをすれば“人間味がない”。
“仏を作って魂入れず”という言葉がある。
藤井作品からはあまり“魂”は感じられなかった。
ただ、「GENE MAPPER」については、「オービタル・クラウド」よりは人間味や多少のユーモアも感じた。
現時世界にいそうな人ばかりが登場する真面目な「オービタル・クラウド」よりは、こちらは非現実的なSF、ファンタジー、ライトノベル的なキャラクターが登場するからかもしれない。
特によかったのが、「黒川さん」だ。
ある不幸な事情により、身長140cm程度の子供の体のままに生きているという彼のキャラクターがいなければ、この小説の面白さはかなり減じていたと思われる。
もう作品から触発されたものが何だったのか記憶もなくなっているのでこの辺にしておく。
また、いつか機会があればこの人の小説を読んでみるかもしれない。
2作品読んだが、良くも悪くも“表面的でよく整理された、賢い人の書いた小説”という印象を抱いたことは記録しておく。
次に読んだときにどんな印象を抱くか、読後感の変化があるか、少し楽しみにしておく。