萩尾望都の漫画「残酷な神が支配する」
暗く、重く、悲しい。読後感が深く後を引く。だが素晴らしい傑作
「バルバラ異界」が素晴らしかったので、萩尾望都の作品を読んでいこうと思っている。
まず読んだのは、「山へ行く」だった。
"ここではない・どこか"という短編シリーズというものの第1巻だった。
こちらは正直、あまりピンとこなかった。
感想メモを残すほど何か書き残したいものはなかった。
私の場合、萩尾作品はどうもハマるものと、ピンとこないものが両極端にあるようだ。
続けてよんだのが今回の「残酷な神が支配する」。
DVの話ということだけ知っていた。
アメリカ、イギリスを舞台にした外国人の話ということすら知らなかった。
読んでいる間、圧倒され続けだった。
PFコミックスで17巻、小学館文庫版で10巻。
1992年から2001年まで連載されたそうだ。
作者としては一番の大作のはず。
私はPFコミック版を読んだ。
ウィキペディアによる概要、あらすじは以下の内容。
概要
アメリカのボストン、イギリスのロンドンとその近郊を舞台に、性的虐待、近親相姦、ドメスティック・バイオレンス、同性愛、未成年の売春、ドラッグ、トラウマなど、社会が抱えるさまざまな問題を、ある一家の性的な確執を軸に描いたサイコ・サスペンス。
あらすじ
ジェルミは、ボストンで母サンドラと二人で暮す男子高校生。
サンドラは、勤め先のアンティークショップに客として訪れた英国紳士グレッグ・ローランドと恋に落ち、ほどなく婚約するが、グレッグは精神的にもろいサンドラを盾にとってジェルミに肉体関係を迫る。
一度きりの取引としぶしぶ要求に応じたジェルミだったが、子どもが大人の奸計(かんけい)に太刀打ちできるはずもなく、二人の結婚後、イギリスの邸宅リン・フォレストに移ってから更に性的虐待はエスカレートしていく。
ローランド家にはグレッグの先妻の息子イアンとマットがおり、ジェルミはイアンと同じ寄宿学校に編入学する。
友人も出来て学校にもなじみ始めるが、帰省のたびにグレッグに身体を弄ばれ、誰にも相談できないまま追いつめられたジェルミは、やがてグレッグに殺意を抱くようになる。
クリスマスの前夜、ジェルミは計画を実行に移すが、巻き添えでサンドラまで死なせてしまう。
ジェルミは、ショックのあまりますます自分の殻に閉じこもるようになる。
一方、イアンは、ジェルミと父の死に何らかの関係が存在することを察知し、真相を追求しようと決意するが、それはイアンの想像を裏切るものだった。
この物語は大きく2つに分けられるように思った。
・主人公の少年ジェルミが義父グレッグにより性的虐待を受け続ける前半
・心の壊れてしまったジェルミが義理の兄であるイアンや他者との関係により少しずつ救済されていく後半
である。
前半部分、ジェルミは、表面上は英国紳士である義父グレッグの性的玩具として身も心も犯され続ける。
表面上は平穏な家庭を演じながら。
1巻から6巻まで、エスカレートしていくグレッグの性的虐待と壊れていくジェルミが緻密な描写でつづられる。
この部分は読んでいて恐ろしくなるほどで、このあといったいどうなるのかという展開は「サイコ・サスペンス」といってもいい内容だ。
6巻後半から8巻までが、グレッグと母サンドラの交通事故での死。
そしてグレッグの長男イアンがグレッグによるジェルミへの虐待を知るまでとなっている。
ここになってイアンの存在が浮上、もう一人の主人公として立ち上がってくる。
それまではイアンはサブキャラである。
そして8巻以降がジェルミとイアンの関係を中心に、さまざまな登場人物が絡み物語が展開していく。
主となるのは、壊れたジェルミを救おうと苦闘するイアンと快方に向かわないジェルミの関係である。
8巻以降はジェルミとイアンのBL的要素もかなりの比重で描かれ、2人の性的な描写も多く盛り込まれている。
後半は壊れたジェルミが直りそうになってはまたパニックに陥るという過程を何度も繰り返し、イアンとジェルミの関係もケンカしては仲直りという過程を繰り返している。
大きな部分での物語的な展開はさほどない。
ただ、そこで描かれる少しずつ変化していく人間関係、人間模様に読み応えがある。
いくつものエピソードを経て、ジェルミの壊れた内面もほんの少しずつだが変化していくのが伝わってくるのだ。
そして表現として興味深いのがジェルミ、イアンの心理描写だ。
物語後半には頻繁にグレッグの"亡霊"が登場する。
この亡霊はジェルミ、もしくはイアンが見ている幻想なのだが、自らの意思で動いているかのような言動を見せる。
現実と幻想、妄想の区分があいまいになってくるのだ。
下手な作家がこのような描写をすると物語の整合性が破綻して興ざめとなってしまうが、
この作品ではそのあいまいさが作品の奥深さ、恐ろしさ、そして神秘を醸し出している。
描写の表現する内容については吟味されているように思えた。
私の読解力では1回読んだだけだとピンとこないところもあったのだが、
2回目で納得するものもあり、さらに深みが味わえた。
かなり重い内容の作品だが、何度読んでも発見がある作品のような気がする。
1回目にはピンとこなかったのが、クライマックス部分。
グレッグに心をズタズタにされ、かつグレッグ、さらに愛する母サンドラを死に至らしめたという心の傷からジェルミがどのように救済されるのか、その転換の部分が後半の話の肝と思って読んでいた。
1回目に読んだ際は、そこが理解できなかった。
クライマックスとなるのは、こんなシークエンスである。
物語の終わり近く、一人ジェルミは、母サンドラの墓を「行きたくない…」とつぶやきながらやっと訪れる。
そして彼は、草原の墓石の前に突っ伏して告白をする。
「サンドラ…ぼくは…
ぼくは…あの男と寝ていた……
あなたは……知っていた……
ぼくは…………だから……そして…
あなたを……
あの男を……
殺しました…」
頭を草原に押し付けるジェルミ。
すると、地中から手が、そしてジェルミを晴れやかな顔でじっと見つめるサンドラの顔が現れる。
見つめ合う2人。
サンドラはジェルミを抱きしめてキスをする。
ざわめく樹木の描写。
後から来たイアンは墓の前で倒れて意識を失っているジェルミを発見する。
イアンから呼びもどされたジェルミはパニック状態で素手で土を掘り起こそうとする。
放心状態のまま、ジェルミは家に戻りベッドに倒れこむ。
翌日の朝。キッチンに来たジェルミは、イアンに対して初めて回復への兆しとなる言葉を初めて口にする。
「人殺しでも愛せるだろうか 愛することを試してみてもいいだろうか」
決して派手な見せ場ではないが、再度読み直した際、深い感動を得た。
ジェルミはやっとここまでたどり着けたのだと。
思うことを書くときりがないので、とりあえずこの辺にしておくが、非常に重く読み応えのある作品だった。
この作者の代表作のひとつであることは間違いないし、1990年代に描かれていた数多くの漫画でも最高峰に位置する漫画だと私は思う。
ただ、一般的な感覚からするとアブノーマルな部分も多く含んでいるように思われるので、万人向きの作品ではないかもしれない。
また、体力・精神力が弱っているときに読むとあまりよくないかもしれない。
逆療法というのもあるかもしれないが……
引き続き、少しずつこの作者の漫画は読んでいこうと思う。
こういう小説を三浦しをんに書いてほしいと思う。